たね)” の例文
向ふの膝のすべてが——それをつくつてゐる筋肉と関節とが、九年母くねんぼの実とたねとを舌の先にさぐるやうに、一つ一つ私には感じられた。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
良寛さんは、ぎやうを修めるごとに、むきになつてゐた。真理といふものが、何処どこかにあるに相違ない、ちやうど、桃の中にはたねがあるやうに。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
するとね、くいほじった柿のたねを、ぴょいぴょいと桟敷中へ吐散らして、あはは、あはは、と面相の崩れるばかり、大口を開いて笑ったっけ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
炉ばたでは山家らしい胡桃くるみを割る音がしていた。おふきは二人の下女を相手に、堅い胡桃のたねを割って、御幣餅ごへいもちのしたくに取りかかっていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と声を立てた連中も、両手で輪切りの大きなのを一ツずつかかえこんで、盛んにそこらをたねだらけにしているところです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たねまでがり/\かぢつちやつたな、奇態きたいだよそんだがもゝかぢつてつとはななかほこりへえんねえかんな、れがぢやれでも魂消たまげんだから眞鍮しんちう煙管きせるなんざ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
以前この家に住んでいた人が、青梅や枇杷の実を食べて何心なくそのたねを台処の窓から外へ捨てたものであろう。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三四郎は柿のたねを吐き出しながら、この男の顔を見ていて、情けなくなった。今の自分と、この男と比較してみると、まるで人種が違うような気がする。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それは良い思ひつきぢやが、しかし和尚はもう随分なとしぢやないか、今から柿のたねを植ゑたところで……」
純一は先生に返杯をして、支那の芝居の話やら、西瓜すいかたねをお茶受けに出す話やらを跡に聞き流して、自分の席に帰った。両隣共依然として空席になっている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして同じく紫蘇で美しく色づけられてゐる。これが何處に行つても必ず毎朝のお茶に添へて炬燵こたつの上に置かるゝ。中のたねを拔いて刻んで出す家もあり、粒のまゝの家もある。
「わしが食わないのは、佳い梨だから、このたねをとって種にしたいと思ってたからだよ」
種梨 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「うん、あったぞ。これならうまいだろう。」と、蟹は、その大きなはさみを伸べて、チョキンと切って落しますと、椰子の実はストンと下へ落ち、肉が破けて、たねがあらわれました。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
警官はピストルのサックを脱して騒ぐ群衆の中へ潜入した。すると、たねをくり抜くように中からロシアの共産党員が引き出された。辻々の街路に立って排外演説をする者が続出した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ちぎっては口に入れ、そのたねをペッと吐きペッと吐きしている。……間
好日 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
すべての空想のあたらしいたねをもとめようとして
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
竜眼肉のたねめいたつぶらまなこをむき出だし、今
深夜の道士 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
椰子の實の日にやけたたねを噛みくだいた。
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
噛みすてた青くさいたねを放るやうに
萱草に寄す (新字旧仮名) / 立原道造(著)
われは此評の殼を噛碎かみくだきて、其肉の甘さと其たねの苦さとを味ふ。人間派なきは大詩人なきなり、妙手なきなり。舊作家の固有派に屬するは、其凡手なるためなり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
胡桃のように堅いたねが、柔かな肉の中にあります。それを割ると中からソーダ水のような甘酸っぱい水と、豚のあぶらのかたまったようなコプラというものが出て来ます。土人はそれを喰べます。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
が、ただ先哲、孫呉空は、蟭螟虫ごまむしと変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその臓腑ぞうふえぐるのである。末法の凡俳は、咽喉のどまでも行かない、唇に触れたら酸漿ほおずきたねともならず、とろけちまおう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三四郎はかきたねしながら、この男のかほを見てゐて、なさけなくなつた。今の自分と、此男と比較して見ると、丸で人種じんしゆちがふ様な気がする。此男の言葉のうちには、もう一遍学生生活がして見たい。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「そんなに柿のたねしまひ込んで置いて、うする積りぢやな。」
かなしきすもものたねを噛まむとするぞ。
コトコトとはしを鳴らし、短夜みじかよの明けた広縁には、ぞろぞろおびただしい、かば色の黒いのと、松虫鈴虫のようなのが、うようよして、ざっと障子へ駆上かけあがって消えましたが、西瓜のたねったんですって。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天海はお伽噺とぎばなしの蟹のやうに叮嚀に柿のたね懐中ふところにしまひ込んだ。
丸官はんに、柿のたね吹かけられたり、口車に綱つけて廊下を
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)