日当ひあたり)” の例文
旧字:日當
普請ふしんも粗末だったが、日当ひあたり風通かぜとおしもよく、樹木や草花のおびただしくうえてあるのをわがものにして、夫婦二人きりの住居にはこの上もなく思われた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
岩も水も真白な日当ひあたりの中を、あのわたしを渡って見ると、二十年の昔に変らず、船着ふなつきの岩も、船出ふなでの松も、たしかに覚えがありました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お島は絞ったものを、片端から日当ひあたりのいいところへ持っていってさおにかけたりした。日光がれただれたように目に沁込しみこんで、頭痛がし出して来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ある朝、彼は日当ひあたりのいい彼の部屋で座布団を干していた。その座布団は彼の幼時からの記憶につながれていた。同じ切れ地で夜具ができていたのだった。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あにとの応対をそばにゐていてゐると、ひろ日当ひあたりはたけた様な心持がする。三四郎はきたるべき御談義の事を丸で忘れて仕舞つた。其時突然驚ろかされた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
男は、余り口数をきかぬ性質たちであった。長らく中風にかかっていて左の手と耳がく働らかなかった。家に居ると、何という木か知らぬが、赤い実のっている植木鉢を日当ひあたりに出して水をやっていた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
代地の方は建具造作ぞうさく入替いれかえ位にてどうにか住まへるかと存じ候へども場所がらだけあまり建込たてこ日当ひあたりあしく二階からも一向に川の景色見え申さず値段も借地にて家屋だけ建坪三十坪ほどにて先方手取一万円引ナシとは大層な吹掛ふっかけやうと存じ候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いでそのモウセンゴケをかれが採集したのは、湯の谷なる山の裾の日当ひあたりに、雨の後ともなく常にじとじと、濡れた草が所々にある中においてした。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丘外おかはずれなので、日当ひあたりの好い、からりとした玄関先を控えて、うしろの山のふところに暖まっているような位置に冬をしの気色けしきに見えた。宗助は玄関を通り越して庫裡くりの方から土間に足を入れた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仔細しさいはない、がけの総六が背戸の、日当ひあたりい畑地に、二月の瓜よりもなお珍とすべき、茄子なすの実がりました。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一杯の日当ひあたりで、いきなり土の上へ白木しらき卓子テエブルを一脚えた、その上には大土瓶おおどびんが一個、茶呑茶碗ちゃのみぢゃわん七個ななつ八個やつ
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日当ひあたりいゝんですけれど、六でふのね、水晶すゐしやうのやうなお部屋へやに、羽二重はぶたへ小掻巻こかいまきけて、えさうにおつてゝ、おいろなんぞ、ゆきとも、たまとも、そりや透通すきとほるやうですよ。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
郡の部に属する内藤新宿の町端まちはずれに、近頃新開で土の色赤く、日当ひあたりのいい冠木門かぶきもんから、目のふちほんのりとえいを帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒しょうしゃたる人物がある。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし残月ざんげつであったんです。何為なぜかというにその日の正午ひる頃、ずっと上流のあやしげなわたしを、綱につかまって、宙へつるされるようにして渡った時は、顔がかっとする晃々きらきらはげし日当ひあたり
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あの藪を出て、少し行った路傍みちばた日当ひあたりい処に植木屋の木戸とも思うのがある。」
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日当ひあたりの背戸を横手に取って、次第まばら藁屋わらやがある、中に半農——このかたすなどって活計たつきとするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師——少しばかり商いもする——藁屋草履は
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浮けば蝶のの上になり下になり、陽炎かげろうに乗って揺れながら近づいて、日当ひあたりの橋の暖いたもとにまつわって、ちゃんちき、などと浮かれながら、人の背中を、トンと一つ軽く叩いて、すいと退いて
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それも塀を高く越した日当ひあたりのいい一枝だけ真白に咲くと、その朝から雀がバッタリ。意気地なし。またちょうどその卯の花の枝の下に御飯おまんまが乗っている。前年の月見草で心得て、この時は澄ましていた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)