旗亭きてい)” の例文
天筠居といっては誰も余り知るまいが、天金といったら東京の名物の一つとしておのぼりさんの赤ゲットにも知られてる旗亭きていの主人である。
魚家の数人が度々ある旗亭きていから呼ばれた。客は宰相令狐綯れいことうの家の公子で令狐※れいこかくと云う人である。貴公子仲間の斐誠ひせいがいつも一しょに来る。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
腹がへったので旗亭きていの一つにはいって昼飯を食った。時候はずれでそして休日でもないせいか他にお客は一人もなかった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これら男子の労働者が、無聊ぶりょうを慰すべく旗亭きていに集るや、相手無しには飲めぬから、ついに酌婦を招いて悪巫山戯わるふざけをする。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
岸ニ登リ旗亭きていニ憩ヒ、主人ニ前駅ヲ距ルコト幾許いくばくナルヤヲ問フ。曰ク八丁余ナリト。立談ノ間蒼然タル暮色遠クヨリ至ル。従者ヲ促シテていニ上ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのほんのりとした暗がりに、障子をしめきった旗亭きていの二階座敷が、内部の灯火に映えてクッキリとうき出ている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この男、京都にいたことがあるとみえて、旗亭きていの二かいから首をだして、そのながめを大文字山の火祭に見立みたてた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
師走しわすの二日には、深川八幡前の一旗亭きていに、頼母子講たのもしこうの取立てと称して、一同集合することになっていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
待乳山まっちやまを背にして今戸橋いまどばしのたもと、竹屋の渡しを、山谷堀さんやぼりをへだてたとなりにして、墨堤ぼくてい言問ことといを、三囲みめぐり神社の鳥居の頭を、向岸に見わたす広い一構ひとかまえが、評判の旗亭きてい有明楼であった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
否、君のみにあらず、われは一目見しかの旗亭きていの娘の君によくたると、老い先なき水車場のおきなとまた牛乳屋ちちやわらべと問わず、みなわれに永久とこしえの別れあるものぞとは思い忍ぶあたわず。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
旗亭きてい緑屋みどりや」の二階から、夜の海が見える。そのあたりは、洞海湾どうかいわんの入口だ。港口にある中ノ島には鬱蒼たる森林と、聳え立つ骸炭工場の高い煙突とが、月光に照らしだされている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
良家に育ち、厳重な校規の下に教育を受けて卒業すると、そのまま誰に抱えられる訳ではなく、女の一つの立派な職業として旗亭きていの招きに応じ客に唄と舞を供する。勿論、酌もするのだ。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
確か桜の咲く頃に石井柏亭氏などと一所に江戸川の川甚と云ふ旗亭きていへ入つた時に、向うの方の座敷では拳を打つて居て、其れを此方こちらからでは丁度手の先きだけが見えて面白いと云ふ歌も
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
今宵もそのお気に入りの折助をつれて柳町の旗亭きていへ飲みに来ていました。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
猛雨と激流と深い山々と岩壁と雲の去来の中を走る船は竜宮りゅうぐう行きの乗合のりあいの如く、全くあたりの草木のしき形相と水だらけの世界は私に海底の心を起さしめた。ある旗亭きていでめしを食いつつ見おろした。
蒲公英たんぽぽの咲く長堤を逍遥しょうようするのは、蕪村の最も好んだリリシズムであるが、しかも都会の旗亭きていにつとめて、春情学び得たる浪花風流なにわぶりの少女と道連れになり、喃々戯語なんなんけごかわして春光の下を歩いた記憶は
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
続いて同じ用件で数回の会見を重ね、或時は家では沈着おちついて相談が出来ないからと、半日余りも旗亭きていで談合した事もあった。
丘の頂には旗亭きていがある。その前の平地に沢山のテエブルと椅子が並べてあって、それがほとんど空席のないほど遊山ゆさんの客でいっぱいになっている。
異郷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
十月十七日毅堂枕山の二人は鈴木松塘に誘われ、早朝相携えて家を出で、巣鴨滝野川すがもたきのがわあたりの勝景を探り、王子村の旗亭きていに酒をんで詩を唱和した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
涿県たくけん楼桑村ろうそうそんは、戸数二、三百の小駅であったが、春秋は北から南へ、南から北へと流れる旅人の多くが、この宿場でをつなぐので、酒を売る旗亭きていもあれば
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おなじ夜に、旗亭きていの二階に障子をあけて現われたお艶の芸者すがたが眼にうかぶ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それがもとで川上は淡路あわじ洲本すもと旗亭きてい呻吟しんぎんする身となってしまった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
の如きくわが記憶する所なり。現に城南新橋じょうなんしんきょうほとり南鍋街なんこがいの一旗亭きていにも銀屏ぎんぺいに酔余の筆を残したまへるがあり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と、その町なかの一けん旗亭きていの二かいで、まどから首をだして、のんきに下をながめている男が感心していた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ホテル・ドゥ・ヴェシューヴと看板をかけた旗亭きていが見える。もうそこがポンペイの入り口である。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今村清之助いまむらせいのすけは常に紅葉の作を愛読していたが、感服の余りに一夜旗亭きていに紅葉を招いて半夜の清興をともにしたそうだ。西園寺さいおんじ公も誰のよりも紅葉の作を一番多く読んでおられるようだ。
ある時は根津ねづ旗亭きていでの食事。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
好奇の粋客すいきゃくもしわが『矢筈草』の後篇を知らんことを望み玉はば喜楽きらくなり香雪軒こうせつけん可なり緑屋みどりやまたあしからざるべし随処の旗亭きていに八重をへいして親しく問ひ玉へかし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
火山の名をつけた旗亭きていで昼飯を食った。卓上に出て来た葡萄酒ぶどうしゅの名もやはり同じ名であった。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
するとその途上、一旗亭きていを見かけ、彼は護送の部下に、酒を振舞った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人と騒がしからぬ旗亭きていに対酌すれば夜廻よまわりの打つ拍子木ひょうしぎにもう火をおとしますと女中が知らせを恨むほどなるに、百畳にも近き大広間に酔客と芸者の立ちつ坐りつする塵煙
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そのためになおさら自分のラジオに対する興味は減殺されたようであった。ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗亭きていへ行ってそこで半日寝ころがってひぐらしの声を聞きながら俳諧三昧をやった。
ラジオ雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
根津権現ねづごんげんの境内のある旗亭きていで大学生が数人会していた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)