手挟たばさ)” の例文
旧字:手挾
すると安政あんせい六年の秋、伝吉はふと平四郎の倉井くらい村にいることを発見した。もっとも今度は昔のように両刀を手挟たばさんでいたのではない。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こう云うと老師は立ち上がり不思議な機械を小脇に抱え、ふすまをあけて廊下へ出た。そこで数馬も大小手挟たばさみ後につづいて廊下に出た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蔵人はそう言いながら、今の手紙をお礼の眼から隠して自分の袖に押し込み、両刀を手挟たばさんでもう一度、春の闇の中へ出ようとするのです。
「フフフ。武士たる者が松原稼まつばらかせぎをするとは何事か。両刀を手挟たばさんでいるだけに、非人乞食よりも見苦しいぞ」
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
九郎右衛門は花色木綿の単物ひとえものに茶小倉の帯を締め、紺麻絣こんあさがすりの野羽織を着て、両刀を手挟たばさんだ。持物は鳶色とびいろごろふくの懐中物、鼠木綿ねずみもめんの鼻紙袋、十手早縄はやなわである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それのみか、曹操は、忘れたように、帝の彫弓ちょうきゅう金鈚箭きんひせん手挟たばさんだまま、天子に返し奉ろうともしなかった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ほほ、ほほほほ、それではまるで下司下人げすげにん相対死あいたいしに……いいえ、無理情死とやらではござりませぬか。両刀を手挟たばさむものが、まあ、なんという見ぐるしいお心根——」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一生涯が間身を放たで持ちたりける、五人ばりにせきづる懸けて湿しめし、三年竹の節近ふしぢかなるを、十五束二伏ふたつぶせこしらへて、やじり中子なかご筈本はずもとまで打ち通しにしたる矢、たゞ三筋を手挟たばさみて
小宮山は切歯はがみをなして、我赤樫あかがしを割って八角に削りなし、鉄の輪十六をめたる棒を携え、彦四郎定宗ひこしろうさだむねの刀を帯びず、三池の伝太光世みつよ差添さしぞえ前半まえはん手挟たばさまずといえども、男子だ、しかも江戸ッ児だ
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とをの指もろ手挟たばさむ手裏剣のつぎつぎはやしうつ手は見えず
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大小を取って手挟たばさみました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
出てお出でよ、鶴次郎、——鶴公、——女一匹が怖いのかえ、二本手挟たばさんだって、素姓は争われない、何をキョトキョトして居るんだよ、野狐野郎
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
地丸は衣裳を着代えると、小刀を手挟たばさみ大刀を提げ、手下二、三人を後ろに従え、中庭の方へ足を向けた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただ、変らないのは、愛刀物干竿ものほしざおだけで、これは太刀作りを、ふつうの拵えに直して横に手挟たばさんでいた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舟が舟番所の前まで來ると、太兵衞は槍を手挟たばさんで、兼ねて識合しりあひ番所頭ばんしよがしら菅右衞門八に面會を求めた。さて云ふには、在所へ用事出來しゆつたいしてまかり下る、舟のおあらためを願ひたいと云ふのである。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ただちに乾坤二刀をひとつに手挟たばさんで郷藩中村へ逐電ちくでんしようと考えていた左膳の見こみに反して、坤竜栄三郎は思ったより強豪、そこへ泰軒という快侠の出現、いままた五人組の登場と
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その頃は両刀を手挟たばさんだ笛の名手、踊りの達人が、大手を振って殿の恩寵を受け、それをまた、不思議とも思わぬほど世人の神経は麻痺しておりました。
と云うと衣裳を脱ぎ、下帯へ短刀を手挟たばさむと、きっと水面を睨み詰めた。両手を頭上へ上げると見る間に、すべるがように飛び込んだ。水の音、水煙り、姿は底へ沈んで行く。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かつは一を知って十を知る悧発りはつであるばかりでなく、四川弓しせんきゅうと呼ぶ短弓たんきゅう手挟たばさみ、わずか三本の矢を帯びて郊外に出れば、必ず百きんの獲物を夕景にはさげて帰るというのでも
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おろおろする鹿の子を押し退けるように、余吾之介は両刀を手挟たばさむと、雪駄を爪先探りに、パッと飛びだします。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
直垂ひたたれの上に腹巻を着け黄金作こがねづくりの小刀を癇癪かんしゃくらしく前方まえ手挟たばさみ、鉄扇を机に突き立てた様子は、怒れば関羽かんう笑えば恵比寿えびす、正に英雄偉傑いけつの姿を充分に備えているではないか。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
面貌おもては深い熊谷笠くまがいがさに隠して唇元くちもとも見せないが、鉄納戸てつなんどの紋服を着た肩幅広く、石織の帯に大鍔の大小を手挟たばさみ、菖蒲革しょうぶがわの足袋に草履がけの音をぬすませ、ひたひたと一巡りしてから
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
を塗って、くまを入れた顔、尺八を持って一刀を手挟たばさんだ面魂は、五尺五六寸もあろうと思う恰幅かっぷくの、共にいかさま敵役に打って付けの油屋兼吉です。
騎馬の女性は、坂の口のてまえまで来ると、ふと、駒を止めてしまい、吹いていた笛を、笛嚢ふえぶくろに納めて、帯のあいだに手挟たばさんだ。——そして——眉の上に当る被衣かつぎの端に手をかけて
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人娘の嫁入りの儀式につらなる礼装の麻裃あさがみしも、両刀を高々と手挟たばさんだのを、後ろに廻して、膝の汚れも構わず、乗物の中に手を突っ込み、娘の首を起してハッと息を呑みました。
蒼白い顔と、華奢きゃしゃな身体を見ると、両刀は手挟たばさんでも、武芸などとは縁の遠い男に見えますが、その代り眼の鋭い、鼻の高い、細面ほそおもての唇のよく締った、いかにも智恵と意志を思わせる顔立ちです。