懐紙ふところがみ)” の例文
旧字:懷紙
……包みもしないで——みどりを透かして、松原の下り道は夕霧になお近いから——懐紙ふところがみに乗せたまま、雛菓子ひながしのように片手に据えた。
お雪は笑いながら、懐紙ふところがみを出してくれました。まことにありきたりの塵紙ちりがみですが、新助の死体の下にあった浅草紙とは違います。
俯向うつむけに横倒おしになった二つの死骸の斬口きりくちを確かめるかのように、平馬はソロソロと近付いた。それから懐紙ふところがみを出して刀を拭い納めると
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もし倉地さんが家に来ていたら、わたしから確かに返したといってこれを渡してください(そういって葉子は懐紙ふところがみに拾円紙幣の束を包んで渡した)
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お雪は懐紙ふところがみでわたくしの額と自分の手についた血をふき、「こら。こんな。」と云って其紙を見せて円める。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初めからしめっぽいふうであった大臣はさらに多くの涙を見せて、故人の話を婿とし合った。懐紙ふところがみへ一条の御息所が書いて渡した歌を大将が見せようとすると
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お葉は更にって縁先えんさきに出た。左の手には懐紙ふところがみを拡げて、右のかいな露出あらわに松の下枝したえだを払うと、枝もたわわつもった雪の塊は、綿を丸めたようにほろほろと落ちて砕けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
曙山さんは懐紙ふところがみで顔をあおぎながら立膝たてひざをして、お膳の前の大ざぶとんの上に座り直した。
懐紙ふところがみいだしてわざとらしくその吸口を捩拭ねぢぬぐへば、貫一もすこしあわてて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのくせ、熱いきりきりした痛みが、顳顬こめかみのあたりまでのぼってきた。上の平たい根の長い歯を、あたしは懐紙ふところがみに包んで、鏡台の抽出ひきだしにしまった。その時気がつくと、口の中が血で真赤になっていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
さそくに後をひしと閉め、立花はたなそこに据えて、ひとみを寄せると、軽くひねった懐紙ふところがみ二隅ふたすみへはたりと解けて、三ツうつくしく包んだのは、菓子である。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを読んだ平次は、煙管きせるの吸口を額に当てたまま、思わずうなりました。懐紙ふところがみに、消炭けしずみでのたくらせた走り書きは
この歌を紅の紙に、青年らしい書きようにしたためたのを、若君の懐紙ふところがみの中へはさんで行かせるのを、少年は親しみたく思う宮であったから、喜んで御所へ急いだ。
源氏物語:45 紅梅 (新字新仮名) / 紫式部(著)
女は口をゆがめて、懐紙ふところがみで生際の油をふきながら、中仕切の外の壁に取りつけた洗面器の前に立った。リボンの簾越しに、両肌もろはだをぬぎ、折りかがんで顔を洗う姿が見える。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
枕元の火鉢に、はかり炭を継いで、目の破れた金網をはすに載せて、お千さんが懐紙ふところがみであおぎながら、豌豆餅えんどうもちを焼いてくれた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恵斎先生は、懐紙ふところがみの上に置いた長さ二寸ばかり、太さ煙管の吸口ほどの鋼鉄の鏨を押し出して見せるのです。
というのは女性にはほだされやすい性格だからである。懐紙ふところがみに、別人のような字体で書いた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
で、口を手つだわせて、手さきでしごいて、懐紙ふところがみを、かいこを引出すように数をふやすと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
懐紙ふところがみに包んで、小判で五両、——ところが、窓から金をほうり込まれたのは、お徳の殺された晩で、しかも叔母がたった一人で晩飯の後片付けをしている時だというから
「ちゃっとおきなされませい。」これがために、紫玉は手を掛けた懐紙ふところがみを、余儀なくちょっと逡巡ためらった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「濡れているのはそこだけだ。——懐紙ふところがみでその辺の木の葉を拭いてみるがいい」
「まあ眉間から血が出て。」と懐紙ふところがみにて押拭おしぬぐう、優しさと深切が骨身にみこむ、鉄はぶるぶる。「もう、可うございます。いえもう何ともありません。」と後退あとずさり
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次はそれを取上げて、中を覗いて見ましたが、よく呑み干して一滴も残ってはいず、懐紙ふところがみを出して、その上へ瓢箪を逆様にすると、わずかに一滴、二滴、紙の上に血のようにしたたるものがあります。
「ちやつとおきなされませい。」此がために、紫玉は手を掛けた懐紙ふところがみを、余儀よぎなく一寸ちょっと逡巡ためらつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
胸をはだけて見ましたが、其処にはわずかばかりの懐紙ふところがみがあるだけ。
伜がおなかります頃、女房と二人で、鬼子母神様きしもじんさま参詣おまいりをするのに、ここを通ると、供えものの、石榴ざくろを、私が包から転がして、女房が拾いまして、こぼれた実を懐紙ふところがみにつつみながら
と胸へ、しなやかに手を当てたは、次第に依っては、すぐにも帯の間へすべって、懐紙ふところがみの間から華奢きゃしゃな(嚢物ふくろもの)の動作こなしである。道子はしばしば妹の口から風説うわさされて、その暮向くらしむきを知っていた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あい浅く、さっと青に洗上げたのを、ころころと三つばかり、お町が取って、七輪へ載せ、じょうを払い、火箸であしらい、なまめかしい端折はしょりのまま、懐紙ふところがみあおぐのに、手巾ハンケチで軽く髪のつやかばったので
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これもまた媚かしく差置いてあるのは、羽織と、帯と、解棄てた下〆したじめ懐紙ふところがみ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
懐紙ふところがみきずを押えた、くれないはたちまちその幾枚かを通して染まったのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
筋をる、懐紙ふところがみの薄いのが、しかし、蜘蛛の巣のように見えた。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
懐紙ふところがみを器用に裂くと、端をひねり、頭をつまんで
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)