愛惜あいせき)” の例文
文化人光秀の知性のすみには、多年信長の部将として働いて来ながらも、なお旧文化や旧制度への愛惜あいせきが整理しきれずよどんでいた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かうしてさへ行けば、忙しい生活の間に心に浮んでは消えてゆく刹那々々の感じを愛惜あいせきする心が人間にある限り、歌といふものは滅びない。
歌のいろ/\ (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「それでも主人さ。これが俺のうちだと思えば何となく愉快だろう。所有と云う事と愛惜あいせきという事は大抵の場合において伴なうのが原則だから」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分が、真の意味の衛生家であり、生命を極度に愛惜あいせきする点に於て一個の文明人であると云ったような、誇をさえ感じた。
マスク (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いま海底戰鬪艇かいていせんとうてい成敗せいばい一身いつしんになへる貴下きか身命しんめいは、吾等われら身命しんめいして、幾十倍いくじふばい日本帝國につぽんていこくため愛惜あいせきすべきものなり。
人間には愛惜あいせきの情というものがなくてはならん。俺は同じ万年筆を三十年近く使っている。情が移ると、安物でも手放せない。品物にしても然うだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
後でそのことが分かり、女中は母にしかられて私は二たび女湯に入ることが出来ずにしまった。私はただ一度の女湯入りを追憶して愛惜あいせきしたこともある。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
天下てんかたからといふものはすべてこれを愛惜あいせきするものにあたへるのが當然たうぜんじや、此石このいしみづかく其主人しゆじんえらんだので拙者せつしやよろこばしくおもふ、然し此石の出やうがすこはやすぎる
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
余はまたこの数年来市区改正と称する土木工事が何ら愛惜あいせきの念もなく見附みつけ呼馴よびなれし旧都の古城門こじょうもんを取払ひなほいきおいに乗じてその周囲に繁茂せる古松を濫伐らんばつするを見
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は理論上、義務教育小学校を愛惜あいせきするのであるが、具体的の場合に、何かこまる事情ありげに感じたからである。博雄の学校の成績が、どんなであったかは実は知らない。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
愛惜あいせきの気持ちが復一の胸にみ渡ると、散りかかって来る花びらをせき留めるような余儀よぎない焦立いらだちといたわりで真佐子をかたくきしめたい心がむらむらと湧き上るのだったが……。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
多くの建物はこぼたれ、大木は切られ、がけは落ち、幾多の人々がここを去って帰らないのを悲しむでしょう。変りゆく都に愛惜あいせきの念を有たない多くの市民さえあることを悔むでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
無事の日にはこころよい住心地すみごこちと、たのしい安全感とをあたえるような住宅の群れを作りあげて、いよいよわたしたちの愛惜あいせきの念を、深くかつ切なるものにし得るかを考えなければならぬ。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
更にその人を愛惜あいせきする念が燃え上って来るのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……もし彼がそちに説かれて、筑前の前に節を変じて来たら、その姿を見ると共に、秀吉の愛惜あいせきは失せるやもしれぬ
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余はまたこの数年来市区改正と称する土木工事が何ら愛惜あいせきの念もなく見附みつけ呼馴よびなれし旧都の古城門こじょうもんを取払ひなほいきおいに乗じてその周囲に繁茂せる古松を濫伐らんばつするを見
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また所謂いわゆる万葉的常套じょうとうを脱しているのも注意せらるべく、万葉末期の、次の時代への移行型のようなものかも知れぬが、そういう種類の一つとして私は愛惜あいせきしている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
なにがさて萬金かへじと愛惜あいせきして居る石のことゆゑ、雲飛は一言のもとに之を謝絶しやぜつしてしまつた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「理窟は無論然うでございますけれど、愛惜あいせきの情ってことを考えなければなりません」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
頼政は今でも、人間としての清盛に一片の愛惜あいせきを感じている。彼を誤らしめたくない気持を抱いている。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾人は二百年来の役者似顔絵並に劇場の風俗画に対して殊に愛惜あいせきの情を深くせずんばあらざるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われわれはいち外濠そとぼりの埋立工事を見て、いかにするとも将来の新美観を予測することの出来ない限り、愛惜あいせきじょうは自ら人をしてこの堀に藕花ぐうか馥郁ふくいくとした昔を思わしめる。
と、女は、自分の腕でも切って渡すように、その小箱を、愛惜あいせきの手でおさえたまま
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうした筆者の愛惜あいせきの余りから出ているものと思われるのである。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)