おもい)” の例文
何の因果で此様こん可厭いやおもいをさせられる事か、其は薩張さっぱり分らないが、唯此可厭いやおもいを忍ばなければ、学年試験に及第させて貰えない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これは「雨ふれど音の聞えず、しぶきのみ露とぞ置く」コンクリート建築に慊焉けんえんたる結果、さわやかな雨の音におもいせられたものであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
が、何はともあれ、御眼にかかって、今まで胸にひそめていたおもいのほども申し上げようと、こう思召したのでございましょう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幸に先生は維納府外数里の地に住居すまいでありました。拙者一見手をにぎりてほとんど傾蓋けいがいおもいをなしました。拙者先生に引かれてその住居へきました。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
「あなたの言うことがほんとうなら、それこそ再生の縁だ、これからいっしょにおって、昔のおもいを遂げましょう」
緑衣人伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
吹く風ぬれたる木立を動かせば、おもいに沈める二人は共にとさめて、の庭に、おつひびきに耳を澄ます。
差出さしいだすを新三郎が手に取上とりあげて見ますれば、飯島の娘と夢のうちにて取交とりかわした、秋野に虫の模様の付いた香箱の蓋ばかりだから、ハッとばかりに奇異きたいおもいを致し
「貴女に対して、何とお詫びしていゝか分らないのです。貴女の心に萌んだ美しいおもいの芽を妾が蹂躙じゅうりんしていようとは、妾が! 貴女を何物よりも愛している妾が。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
乱れたおもいで一ぱいだったと思った頭のなかは、案外からっぽだったと見えて、わたしは何時いつかよい気持ちになって、ある年のある秋の日に、あの広々した紅葉館こうようかんの大広間にいて
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
心にかなう男もないまま、ただひたすらに芸道にのみおもいを浸し、語りものの中の男女の情けのたわむれは、おのが想いをのみ込ませて、舞台の恋を真の恋と思いならして居りましたゆえ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「前をみては、しりえを見ては、物欲ものほしと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、きわみの歌に、悲しさの、極みのおもいこもるとぞ知れ」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おもいを仏土に致し、仏経の要文なんどを潜かに念誦ねんじゅしたことと見える。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
取留めのない夢のおもいで、拓はこの時少年がお雪に向ってなす処は、一つびとつ皆思うことあって、したかのごとく感じられて、快活かくのごとき者が、恋には恐るべき神秘を守って、今までに秋毫しゅうごう
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、あれは何もわたしおもいを懸けているばかりではない。実は姫の方からも、心ありげな風情ふぜいを見せられるので、ついつい足が茂くなるのだ。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、それでいて、その失敗の過去が、私に取っては何処か床しい処がある、後悔慚愧はらわたおもいが有りながら、それでいて何となく心を惹付ひきつけられる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
自分が、心ひそかにおもいを寄せていた青年から、邪魔物扱いされていたことは、彼女の魂をにじってしまうのに、十分だった。もう一刻も、とどまっていることは出来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おもいは去りて心空しき折からに
「それにおもいを懸けるは宜く無い宜く無いと思いながら、因果とまた思いる事が出来ない。この頃じゃ夢にまで見る」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おもいを懸けていらしった方々かたがたの間には、まるで竹取たけとり物語の中にでもありそうな、可笑おかしいことが沢山ございましたが、中でも一番御気の毒だったのは京極きょうごく左大弁様さだいべんさま
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
丁度私がおもいの底を過ぎて
漸くのおもいうちへ着くと、狼狽あわてて車を飛降りて、車賃も払ったか、払わなかったか、卒然いきなり門内へ駆込んで格子戸を引明けると、パッと灯火あかりが射して、其光のうちに人影がチラチラと見え
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おそろしい思をしているのか? 恍惚うっとりとした顔に映る内のおもいが無いから、何を思ッていることかすこしも解らないが、とにかくややしばらくの間は身動をもしなかッた、そのままで十分ばかり経ったころ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)