後向うしろむ)” の例文
姿、形、作り、気品、その顔だけを除いて、もし後向うしろむきにしてこれをながめた時には、誰でもうっとりとしてながめるほどの美人です。
再びかえって来はしないぞ、今日こそ心地こころもちだとひとり心で喜び、後向うしろむつばきして颯々さっさつ足早あしばやにかけ出したのは今でも覚えて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
後向うしろむきにりてなほ鼻緒はなをこゝろつくすとせながら、なかば夢中むちう此下駄このげたいつまでかゝりてもけるやうにはらんともせざりき。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……おおき雨笠あまがさを、ずぼりとした合羽かっぱ着た肩の、両方かくれるばかり深くかぶつて、後向うしろむきにしよんぼりとれたやうに目前めさきを行く。……とき/″\
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
六人づれの先頭になつてゐた高一かういちは、坂道をわざと後向うしろむきに登りながら、ガヤ/\さわぐみんなに、かうひました。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
いざ背負しょおうと、後向うしろむきになって、手を出して待っているが、娘は中々なかなか被負おぶさらないので、彼は待遠まちどおくなったから
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
千枝子はそう云う景色だけでも、何故なぜか心細い気がしたそうだが、通りがかりにふと眼をやると、赤帽をかぶった男が一人、後向うしろむきにそこへしゃがんでいた。
妙な話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もうプラットフォームを出離れて、白ペンキの低い柵が走る、其向うの後向うしろむきの二階家が走る、平屋が走る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夜の明けるのを待って見れば、かの何右衛門だけは首を後向うしろむきにじ切られてつめたくなっていたと謂う。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
枕に後向うしろむきに横はりし音羽屋おとわやの姿は実に何ともいへたものにはあらず小春が手を取りよろよろと駆け出で花道はなみちいつもの処にて本釣ほんつりを打ち込み後手うしろで角帯かくおび引締めむこう
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大幅の清少納言の後向うしろむきの姿の「繪姿の頸筋のあたり」を、舌の尖端さきでかるくめる、といふところであり、その後の例は、『兵隊の宿』のなかの、お光といふ女主人公が
「鱧の皮 他五篇」解説 (旧字旧仮名) / 宇野浩二(著)
幸いに、どてらが向うから引っかかってくれたんで、何の気なしに足が後向うしろむきに歩き出してしまったのだ。云わば自分の大目的に申し訳のない裏切りをちょっとして見た訳になる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或る雑種あひのこじみた脊の高い紳士と、今一人は肉のぼちや/\した、脊の低い、これも後向うしろむきで顔を見なかつたから日本人か何うかも分明でない、しかし少くとも白人ではなかつた紳士と
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼は後向うしろむきになって歩くのである。両腕を振子ふりこのように振って、拍子を取る。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「何んでも構わぬ、わしは急ぐに……」と後向うしろむきにつかまって、乗った雪駄を爪立つまだてながら、蹴込けこみへ入れた革鞄をまたぎ、首に掛けた風呂敷包みを外ずしもしないでゆすっておく。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さう云つて庄吉は、ドカ/\と坂道をかけ登つて、まだ後向うしろむきで歩いてゐる高一のまん前に行つて、クルリと向き直ると、ペロッと赤い舌を出して、後向きのまゝ歩きだしました。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
図を見るに川面かわづらこむる朝霧に両国橋薄墨うすずみにかすみ渡りたる此方こなたの岸に、幹太き一樹の柳少しくななめになりて立つ。その木蔭こかげしま着流きながしの男一人手拭を肩にし後向うしろむきに水の流れを眺めている。
この質問を掛けたものは、自分から一番近い所に坐っていたから、声の出所でどころ判然はっきり分った。浅黄色あさぎいろ手拭染てぬぐいじみた三尺帯を腰骨の上へ引き廻して、後向うしろむきの胡坐あぐらのまま、はすに顔だけこっちへ見せている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後向うしろむきで分らなかった。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
途中で乗った円タクを硝子屋の店先へつけさせ、裏口から二階へ駈上かけあがって、貸間のふすまを明けかけると、中にはいつのにか夜具が敷いてあって、後向うしろむきにているお千代の髪が見えた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は乳母が衣服きもの着換きかえさせようとするのも聞かず、人々の声する方に馳け付けたが、上框あがりがまち懐手ふところでして後向うしろむきに立って居られる母親の姿を見ると、私は何がなしに悲しい、嬉しい気がして
(新字新仮名) / 永井荷風(著)