山賤やまがつ)” の例文
和歌によく詠む青淵の上に藤の花の咲いている光景のごときは、風流に縁のない山賤やまがつにとっても、またのがすべからざるものであったに相違ない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
(梢より先ず呼びて、忽ち枝より飛びくだる。形は山賤やまがつ木樵きこりにして、つばさあり、おもて烏天狗からすてんぐなり。腰に一挺いっちょうおのを帯ぶ)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
されば山賤やまがつたちも「れぷろぼす」に出合へば、餅や酒などをふるまうて、へだてなく語らふことも度々おぢやつた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもその山賤やまがつたる炭焼が、金屋子さんを祭って都合よく金を掘り当てて大福長者となる場合もないではなかろう。
この地方の遠いいにしえは山にたよって樵務きこりを業とする杣人そまびと、切り畑焼き畑を開いてひえ蕎麦そば等の雑穀を植える山賤やまがつ、あるいは馬を山林に放牧する人たちなぞが
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
醒睡笑せいすいしょう』に、海辺の者山家に聟を持ち、たこ辛螺にしはまぐりを贈りしを、山賤やまがつ輩何物と知らず村僧に問うと、竜王の陽物、鬼の拳、手頃の礫じゃと教えたとある通り
山賤やまがつの垣は荒るとも」などと云う古歌を思い出されてか、そんな撫子なでしこなんぞとあわれな名をいつのまにかお附けになっていられるのも、本当に心憎いほどなお思いやりだこと。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
浜に塩を焼く海人乙女あまおとめにも、山に木を山賤やまがつにも、あてはまるべき方法でござる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
戦争見物とて交る交る高きに登れり、戦争は遠くして見えねど、事によせたる物見遊山も、また年中暇なき山賤やまがつ慰藉いしゃなるべし、そのうちに阿園は一人残されて心細くもその日を送れり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
物見車ものみぐるまところきほどなり。若きも老いも、尼法師、あやしき山賤やまがつまで、(中略)おのおの目押しのごひ、鼻すすりあへる気色ども、げに憂き世のきはめは、今に尽しつる心地ぞする。〔増鏡〕
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よし山賤やまがつにせよ庭男にはをとこにせよ、れをひとくかるべきか、令孃ひめ情緒こヽろいかにもつれけん、じんすけ母君はヽぎみのもとにばれ、此返事このへんじなく、のこしげに出行いでゆきたるあとにて、たまかひな此文これいだ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
挿頭かざし折る花のたよりに山賤やまがつ垣根かきねを過ぎぬ春の旅人
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
現在においては東西二通りのサワになんらの共通した内容がない。漢字輸入期の沢の字を字義を考えてもみずに、借用したのは山賤やまがつの無識であった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
妖怪変化ようかいへんげにも近いものの如くに解せられ、時に鬼として呼ばれる様にもなるのであるが、そこまでにはなくとも一般に山賤やまがつとして区別せられるは免れなかった。
ぢやによつて「れぷろぼす」を見知つたほどの山賤やまがつたちは、皆この情ぶかい山男が、いよいよ「しりや」の国中から退散したことを悟つたれば、西空に屏風びやうぶを立てまはした山々の峰を仰ぐ毎に
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
姫百合、白百合こそなつかしけれ、鬼と呼ぶさえ、分けてこのすさまじきを、雄々しきは打笑い、さらぬは袖几帳そでぎちょうしたまうらむ。富山の町の花売は、山賤やまがつたぐいにあらず、あわれに美しき女なり。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると案内の山賤やまがつが、つつましくうしろから声をかけた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山に生れて山に活きて山に死ぬという山賤やまがつの炭焼であったという事である。
そこで改めて考えて見るべきは、山丈やまじょう山姥やまうばが山路に現われて、木樵きこり山賤やまがつ負搬ふばんの労を助けたとか、時としては里にも出てきて、少しずつの用をしてくれたという古くからの言い伝えである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
山賤やまがつのおとがひ閉づるむぐらかな
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そま山賤やまがつの為に重荷を負ひ、助けて里近くまで来りては山中に戻る。家も無く従類眷属けんぞくとても無く、常に住む処更に知る者無し。賃銭を与ふれども取らず、ただ酒を好みて与ふれば悦びつゝ飲めり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)