とん)” の例文
燃えさしの薪を靴の爪尖つまさきで踏みつけると、真赤な焚きおとしが灰の上にくずれて、新らしいほのおがまっすぐにとんがって燃えあがった。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
雪江さんは屹度きっと斯ういう。これが伯父さんの先生でも有ろうものなら、口をとんがらかして、「もッと手廻てまわしして早うせにゃ不好いかん!」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
まだ生々いきいきとしている小さな金壺眼かなつぼまなこは、まるで二十日鼠はつかねずみが暗い穴からとんがった鼻面はなを突き出して、耳をそばだてたり、髭をピクピク動かしながら、どこかに猫か
廊下で喧嘩けんかをしている、とんがった新造しんぞの声かと思って、目がさめると、それが隣りの婆さんであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
其うちの二人ふたりは熊本の高等学校の教師で、其二人ふたりのうちの一人ひとりは運わる脊虫せむしであつた。女では宣教師を一人ひとり知つてゐる。随分とんがつた顔で、きす又はかますに類してゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
皆さん、本当の避雷装置というのは、あのとんがった長い針を屋根の上に載せて置くだけでは駄目です。あの針は、雷を引き寄せるだけの働きしか持っていないのです。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「むむ、」とうなずいたがうしろむきになって、七兵衛は口をとんがらかして、なべの底を下から見る。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「御冗談で——、そんな怨みを買うあっしじゃありません。酔っ払って、下水へ転がり落ちるはずみに、雨樋あまどいの先のとんがったところで、ほんの少し引っ掻いただけなんで——」
女は帰った様子ゆえなんとも云わず黙っていたが、翌晩も又来てこそ/\話を致し、ういう事が丁度三晩の間続きましたので、女房ももう我慢が出来ません、ちと鼻がとんがらかッて来て
緋房のついたとんがり帽子がしをらしや。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三角のとんがりが持つ力なり
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
面倒だから、いっそさよう仕ろうか、敵は大勢の事ではあるし、ことにはあまりこの辺には見馴れぬ人体にんていである。口嘴くちばしおつとんがって何だか天狗てんぐもうのようだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と口をとんがらかしたも道理こそ。此方このほうづれのていは、と見ると、私が尻端折しりぱしょりで、下駄を持った。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は床づいていて、真蒼な不安な顔をして、眼のふちがくろずんで鼻がとんがり、唇は乾ききって、髪はぐったりと崩れていました。すべての様子が、病院でしばしば見る重病患者にそっくりでした。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
荷物が有りますと、口をとんがらかすと、荷物が有るならお出しなさい、というから、車屋に手伝って貰って、荷物を玄関へ運び込むと、其女が片端から受取って、ズンズン何処かへ持ってッて了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
とんがりぼう緋房ひぶさ伊達だてぢやない。
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
船頭はゆっくりゆっくりいでいるが熟練はおそろしいもので、見返みかえると、浜が小さく見えるくらいもう出ている。高柏寺こうはくじの五重のとうが森の上へけ出して針のようにとんがってる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一番高いとんがった巌の上に、真暗まっくらな中に、黒い外套がいとうにくるまって、足を投げ出して、みんなの取って来たものを指環ゆびわだの、黄金きん時計だの、お金子かねだの、一人々々、数をいいますのを
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渋紙した顔に黒痘痕くろあばたちりを飛ばしたようで、とんがった目の光、髪はげ、眉薄く、頬骨の張った、その顔容かおかたちを見ないでも、夜露ばかり雨のないのに、その高足駄の音で分る、本田摂理せつりと申す
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
代助は口をとんがらかして、兄をじっと見た。そうして二人で笑い出した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助はくちとんがらかして、あにじつと見た。さうして二人ふたりで笑ひ出した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「何だか、口のとんがった、色の黒い奴が乗っていたようですぜ。」
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)