不断着ふだんぎ)” の例文
旧字:不斷着
明日あした帰らなければ、明後日あさつての朝はきつと帰つて来てよ。不断着ふだんぎだの、いろんなもの持つて行かなくつちやならないから。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その日は二人して町へ買物に出ようと云うので、御米は不断着ふだんぎを脱ぎ更えて、暑いところをわざわざ新らしい白足袋しろたびまで穿いたものと知れた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅をぼかしたうこん染めの、あわせか何かをきょうは着ているというので、もう日数もっているらしいから、これは不断着ふだんぎの新しい木綿着物であろう。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
翌る日の夕刻、薄暗くなりかけた頃、越中屋に居た筈のお比奈は、不断着ふだんぎのまま、山谷の春徳寺の山門を入りました。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
つい半世紀前までは日本の貧乏人までが、正藍染の着物を不断着ふだんぎにしていたことをよく顧みたいと思います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
何時いつ不断着ふだんぎ鼠地ねずみじ縞物しまもののお召縮緬めしちりめん衣服きものを着て紫繻子むらさきじゅすの帯をめていたと云うことを聞込ききこんだから、私も尚更なおさら、いやな気がおこって早々に転居してしまった。
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
メリンスとか銘仙めいせんのようなもので不断着ふだんぎにヒフをつくって着るのは温かでいいだろうと考えます。
着物雑考 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
同じ蔵の二階の片隅に彼女の不断着ふだんぎが脱ぎ捨ててあった所を見ると、被害者は蔵の中へ這入るまではちゃんと着物を着ていたことは確かで、その二階へ来てから自から脱いだか
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
母は私の髪をきつけて、それを頭にしてくれた。着物は無論不断着ふだんぎ一つしかないのだから新しいのにはえてくれなかったけれど、でも、きちんと格好よく着せなおしてくれた。
藍色がかった、おぶい半纏ばんてんに、朱鷺色ときいろの、おぶい紐を、大きくゆわえた、ほんの不断着ふだんぎと云った姿。で、いま、傘をすぼめると、やりちがえに、白い手の菊を、背中の子供へさしあげました。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その婦人外套もお祭りにいろんな煎餅菓子を焼くおり、どうかして不断着ふだんぎを焼き切ってしまうか、または自然にぼろぼろになってしまった暁には、いずれ着物に仕立てかえられるのである。
いかりだ、静かな避難所だ、地球のへそだ、三匹のくじらにささえられているこの世の基礎だ、薄餅プリンのエッセンスだ、脂っこい魚製菓子パンクレビヤーカだ、晩のサモワールや静かなため息や、暖かい女物の不断着ふだんぎ
ぶっきらぼうに身をひねった下駄がけの野武士と、不断着ふだんぎ銘仙めいせんさえしなやかに着こなした上、腰から上を、おとなしくり身に控えたる痩形やさすがた
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芸者襟付の不断着ふだんぎに帯はかならず引掛ひっかけにして前掛まえかけをしめ、黒縮緬五ツ紋の羽織はおりを着て素足すあしにて寄席よせなぞへ行きたり。毛織のショール既にすたれて吾妻あずまコート流行。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
我々は麻布といえば一反いったん二十円もするような上布じょうふのことをしか思い浮かべないが、貢物みつぎものや商品になったのはそういう上布であっても、東北などの冬の不断着ふだんぎは始めから
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もらったばかりの昇給の辞令を、折鞄おりかばんから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景、ゾロリとしたおめしの着物を不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
代助は急ぎ足で玄関迄た。其おとを聞きけて、門野かどのも飛びした。代助は不断着ふだんぎの儘、掛釘かけくぎから帽子を取つてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一方には多量の木綿古着もめんふるぎを関西から輸入して、不断着ふだんぎにも用いているが、冬はかえってその上へ麻の半てんを引掛ひっかけるふうがあるということを、私は九州に行って学んだのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
○洋服の形は皆様御存ごぞんじの通り、背広、モオニングコート、フロックコート、燕尾服えんびふくの類なり。背広は不断着ふだんぎのものにて日本服の着流しに同じ。モオニングコートも儀式のものにはあらず。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼は例刻にうちへ帰った。洋服を着換える時、細君は何時もの通り、彼の不断着ふだんぎを持ったまま、彼のそばに立っていた。彼は不快な顔をしてそちらを向いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奥さんは私の足音で眼を覚ましたのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私のへやまで来てくれと頼みました。奥さんは寝巻の上へ不断着ふだんぎの羽織をけて、私のあといて来ました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとのものは皆和服で、かつ不断着ふだんぎのままだからとんと正月らしくない。この連中がフロックを眺めて、やあ——やあと一ツずつ云った。みんな驚いた証拠しょうこである。自分も一番あとで、やあと云った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不断着ふだんぎまゝうちたと見えて、質素しつそ白地しろぢ浴衣ゆかたたもとから手帛はんけちを出しけた所であつた。代助は其姿そのすがた一目ひとめ見た時、運命が三千代の未来を切りいて、意地悪く自分の眼の前に持つてた様に感じた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)