一隅ひとすみ)” の例文
豆はその中から断えず下へ落ちて行って、平たく引割られるのだそうだ。時々どさっと音がして、三階の一隅ひとすみに新しい砂山ができる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、にんじんとしては、牛乳一杯しか出さないことにしてある。彼は茶碗を一隅ひとすみに置き、猫を押しやって、そしていった——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
様子ではどうせ見込みのない女だと思っていても、どこか心の一隅ひとすみから吉弥を可愛がってやれという命令がくだるようだ。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
かかり合いになるまいと、船の一隅ひとすみへかたまって縮み上がっていた乗合客は、彼らの狼狽ぶりに、こわばっていた神経のどこかをくすぐられたが、誰もくすりとも声を出さなかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つつましやかな氣持で甲板かんぱん一隅ひとすみにぢつとたゝずみながら、今まで心の中に持つてゐた、人間的なあらゆるみにくさ、にごり、曇り、いやしさ、暗さを跡方あとかたもなくふきぬぐはれてしまつたやうな
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
そして、店の一隅ひとすみに、さっき立花先生がもちこんだ、あの大花瓶だいかびんもおいてあった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
庭は一隅ひとすみ梧桐あおぎりの繁みから次第に暮れて来て、ひょろまつ檜葉ひばなどにしたた水珠みずたまは夕立の後かと見紛みまごうばかりで、その濡色ぬれいろに夕月の光の薄く映ずるのは何ともえぬすがすがしさをえている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さきに——七里半りはんたうげさうとしてりた一見いつけん知己ちきた、椅子いすあひだむかうへへだてて、かれおなかは一隅ひとすみに、薄青うすあを天鵝絨びろうど凭掛よりかゝりまくらにして、隧道トンネル以前いぜんから、よるそこしづんだやうに
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
曠野ひろのなる蒙古の築地ついぢ一隅ひとすみに物見つくれど見んものは無し
つれなき壁の一隅ひとすみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
兄弟はくつろいでぜんについた。御米も遠慮なく食卓の一隅ひとすみりょうした。宗助も小六も猪口ちょくを二三杯ずつ干した。飯にかかる前に、宗助は笑いながら
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄弟きやうだいくつろいでぜんいた。御米およね遠慮ゑんりよなく食卓しよくたく一隅ひとすみりやうした。宗助そうすけ小六ころく猪口ちよくを二三ばいづゝした。めしゝるまへに、宗助そうすけわらひながら
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
土山の一隅ひとすみが少し欠けて、下の方に暗い穴が半分見える。その天井てんじょうが厚さ六尺もあろうと云うセメントででき上っている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もとより四階裏の一隅ひとすみだから広いはずはない。二三分かかると、見る所はなくなってしまった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はその一隅ひとすみにただ一人の知った顔を見出した。それは伶人れいじんの姓をもった眼の大きい男であった。ある協会の主要な一員として、舞台の上でたくみにその大きな眼を利用する男であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)