“もてなし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
待遇31.6%
饗応30.3%
饗應7.9%
款待7.9%
歓待7.9%
欵待5.3%
持做1.3%
持成1.3%
接待1.3%
接持1.3%
管待1.3%
食事1.3%
饗1.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
何年の間という長い独棲生活(ひとりぐらし)に飽いていた私は、そうして母子の者の、出来ぬ中からの行きとどいた待遇(もてなし)ぶりに、ついに覚えぬ
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
不昧公が着いたのは、欠伸が中(ちゆう)つ腹(ぱら)と変つてゐた時なので、前々から擬(こら)した饗応(もてなし)の趣巧も、すつかり台なしになつてゐた。
四郎右衞門先々(まづ/\)と引止(ひきとめ)下女に云付酒(さけ)肴(さかな)を出し懇切(ねんごろ)に饗應(もてなし)て三郎兵衞を歸しけり其後三月十日に三郎兵衞二十兩加賀屋へ持參(ぢさん)し先達(せんだつ)ての禮を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
来世では和尚の伝手(つて)で何処か上等の桟敷でも附込(つけこ)んで置きたいらしく、時偶(ときたま)和尚が訪ねて来ると、いつもその画を賞めそやして下へも置かぬ款待(もてなし)をする。
酒肴(しゅこう)も座が狭くなるほどにも運び出すような歓待(もてなし)ぶりをしたのを、卑しい従者らは大恩恵に逢(あ)ったように思って喜んだから、主人の少将もけっこうなことに思い
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さてわれは姫に對(むか)ひてかたばかりの詞を掛けしに、その答いと優しく、他の親族の人々と我との間に、何の軒輊(けんち)するところもなき如し。こは此御館(みたち)に來てより、始ての欵待(もてなし)ともいひつべし。
宿(やど)の者等(ら)此人を目科(めしな)「様(さん)」とて特に「様(さん)」附にして呼び、帳番も廊下にて摺違(すれちが)うたびに此人には帽子を脱ぎて挨拶(あいさつ)するなど大(おおい)に持做(もてなし)ぶりの違う所あるにぞ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
退き臥床(ふしど)に入ければ夜は深々(しん/\)と降積(ふりつも)る雪に四邊(あたり)の䔥然(しめやか)にて鼾(いひき)の聲のみ聞えるにぞ伴(ばん)建部(たてべ)の兩人は今や/\と窺ふ機(をり)お島は藤三郎を抱上(いだきあげ)小用(こよう)に連行(つれゆく)體(てい)に持成(もてなし)座敷々々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
マニーロフ家の召使連の接待(もてなし)にすっかり好い御機嫌になっていた馭者が、右側に繋がれた連銭葦毛(れんせんあしげ)の測馬(わきうま)に、なかなか穿(うが)った小言を浴びせていることにも、いっこう気がつかなかった。
尊げの山伏の一行を見て、老いたる樵夫夫婦の者は、榾(ほた)を炉にくべ粟などをかしぎ、まめまめしくお接持(もてなし)した。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聴水忽ち眼(まなこ)を細くし、「さても甘(うま)くさや、うま臭(くさ)や。何処(いずく)の誰がわがために、かかる馳走(ちそう)を拵(こしら)へたる。将(いで)往(ゆ)きて管待(もてなし)うけん」ト、径(みち)なき叢(くさむら)を踏み分けつつ、香を知辺(しるべ)に辿(たど)り往くに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
乙樂人 はッつけ野郎(やらう)め!……さ、奧(おく)へ往(い)て、會葬者(くわいさうじゃ)の來(く)るまで待(ま)ってゐて食事(もてなし)にありつかう。
わが心はかの諸〻の饗(もてなし)のためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三—四五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)