饗応もてなし)” の例文
旧字:饗應
「放浪の旅の者で御座います、一飯の喜捨と一夜の饗応もてなしにあづかりたい——」哀れげに声を落して斯う申し出るつもりであつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
不昧公が着いたのは、欠伸がちゆうぱらと変つてゐた時なので、前々からこらした饗応もてなしの趣巧も、すつかり台なしになつてゐた。
「しかしまアわれらおたがいの身に取って今日ほど目出たい日はあるまいて。鶴屋さんが折角のお饗応もてなしだ。種員たねかず仙果せんかも遠慮なく頂戴ちょうだい致すがよいぞ。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ゆえあるかな、今宵はやかたに来客ありとて、饗応もてなしの支度、拭掃除ふきそうじ、あるいは室の装飾に、いずれも忙殺されつつあり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
九月十三に、渡邊織江は小梅の御中屋敷おなかやしきにて、お客来がござりまして、お召によって出張いたし、お饗応もてなしをいたしましたので、余程も更けましたが
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「みなしたちをお助けくださいまし! なくなったセミョーン・ザハールイチの饗応もてなしをおぼし召して!……貴族といってもいいくらいの!……ああ!」
見れば子供衆が菓子を食べていなさるが、そんな物は腹の足しにはならいで、歯にさわる。わしがところではさしたる饗応もてなしはせぬが、芋粥いもがゆでも進ぜましょう。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
せ侍斬りに就いて大目附へ出頭した紋服姿の石月平馬と、地味な木綿縞もめんじまに町の低い役袴やくばかまを穿いた三五屋、佐五郎老人が、帰り道に招かれて夕食の饗応もてなしを受けていた。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かねてこうと大かたは想像して来た賓客まろうどたちも、予想を裏切らるるばかりの善美の饗応もてなしには、そのやわらかいきもをひしがれた。あるじは得意であった。客もむろん満足であった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
せっかくお見えになったのにあいにくなんのお饗応もてなしもできませんが、その代り、これから巴里パリーの技芸学校出身のペンギン鳥の曲芸をお目にかけますから、どうか見て行ってちょうだい。
婦人の専ら任ずる所に就てこまかに之を視察すれば、衣服飲食の事を始めとして、婢僕の取扱い、音信贈答の注意、来客の接待饗応もてなし、四時遊楽の趣向、尚お進んで子女の養育、病人の看護等
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
御言みことばを聴きをりしが、マルタ饗応もてなしのこと多くして心いりみだれ、御許に進みよりて言ふ「主よ、わが姉妹われを一人のこして働かするを、何とも思ひ給はぬか、彼に命じて我を助けしめ給へ」
律子と貞子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
広間には饗応もてなしの支度が出来ていた。なにより盛りつぶしである、酔わせて食わせて艶色を与えて金を握らせる、これが監察使に対する不変の礼儀であり、唯一にして欠くべからざる作法である。
あによめ風邪気かぜけなので、彼女が代理として饗応もてなしの席に出たら、Hさんが兄といっしょに旅行する話を始めたと告げた。彼女は喜ばしそうな調子で、自分に礼を述べた。父からもよろしくとの事であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これを菜にし、そして釜で煮えた乾米の湯漬けを秀吉主従に勧めるのでした。秀吉は、その簡素で優雅な行き届いた利休の作法にむしろ呆れ果て、ただただ感嘆を続けつつ、饗応もてなしを受けて帰りました。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
伝二郎がおずおず横ちょに押して出した菓子箱は、その場で主人の手によって心持ちよく封を切られて、すぐさまあべこべに饗応もてなしの材料に供せられた。浪人らしいその豁達かったつさが伝二郎には嬉しかった。
「もちろん、行って悪いとは云わぬ。また先方としてみればいわばお前は恩人であるから、招いて饗応もてなしもしたかろう。呼ばれてみれば断わりもならぬ。だから行くのは悪くはないが、どうも少し行き過ぎるようだ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山本氏は京都人の饗応もてなしが悪かつたばかりに奈翁やミレエが仏蘭西へ逃げ出したやうに言つて、京都生れの生徒を責め立てた。
食終りてつぎの間にいづれば、ここはちひさき座敷ザロンめきたるところにて、軟き椅子いす、「ゾファ」などのあしきはめて短きをおほくゑたり。ここにて珈琲カッフェー饗応もてなしあり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
番頭の和平が客を大事でいじにする、第一彼処あすこうち饗応もてなしが違ってハア
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
粗末な饗応もてなしではすまされないような気がするのだった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一度こんな饗応もてなしを受けた馬は、その気持よさが忘れられないものか、今度そこを通りかゝる時には、どうかするとまた格子戸の前に立ちとまらうとする。
「これはどうも福徳ふくとくの三年目。望外ぼうがいのお饗応もてなしで、じつに恐縮。どうせ御主人がお帰りになるのは四ツ刻とうけたまわったから、それまでの座つなぎ、思召しに甘えて、ひとつゆっくり頂戴するといたしましょう、なにとぞよろしく」
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
馬は見ず知らずの婦人からこんな手厚い饗応もてなしをうける自分の身の幸福しあはせを思ふて、ほれぼれと眼を細めながら、漢詩か川柳かの事でも思つてるらしい顔つきをしてゐる。
私はいま上醍醐かみだいごの山坊で、非時ひじ饗応もてなしをうけてゐる。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)