しころ)” の例文
小太刀と大長刀では勝負にならぬと、十郎が逃げ出すと、今度は、右手を伸ばして十郎の兜のしころをしきりにつかもうと追っかけてくるのであった。
舌長姥思わず正面にその口をおおう。侍女等忍びやかに皆笑う。桔梗、鍬形くわがた打ったる五枚しころ、金の竜頭たつがしらかぶとを捧げて出づ。夫人と亀姫の前に置く。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのなかでも評判になったのは五尺あまりの大かぶとで、鉢もしころもすべて小銭こぜにを細かく組みあわせて作ったのでした。これは珍らしいと云うので大変な評判。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
数右衛門は敵の前に背をさらしたのであったが、その背に当ったのは、氷柱であって、平八郎の切っ先は、彼の兜頭巾かぶとずきんしころを斬って、肩の辺りでカチンと刎ねた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は十六七の頃にはもう濃く礬水どうさをひいた薄美濃紙をてがって絵巻物の断片をき写しすることも出来たし、残存のかぶとしころを、比較を間違えず写生することも出来た。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しころの翼を張った兜の下に、赤銅色の頬当てが鬼の口を開いている。その奥に、ボンヤリ見える白いもの。アア、果して人間だ。鎧の中には本当の人間が這入っていたのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
弥四郎頭巾の裏紅絹うらもみを抜いたしころ頭巾でもないし、そのまた作り変えの熊坂でもない。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
京極を歩き、文楽をきく、しころ太夫が頭、二十四孝、吃又どもまた。(これ大いによろし)
「兜が取り換えられているんだ」と法水は事務的な口調で、「向う側にあるのは全部吊具足つりぐそく(宙吊りにしたもの)だが、二番目の鞣革なめしがわ胴の安鎧に載っているのは、しころを見れば判るだろう。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うちきょうじていると、「しこらん」という土地の名菓が出る。豊太閤が賞美してこの名を与えたそうである。形はかぶとしころのごとく、かおりはらんのごとしというのだそうな。略して「しこらん」。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
米洗いとか竹スとかきぬたとかしころとかの寄席囃子を聴き、当時はいまだいまだ正統派な軽妙江戸前のが多々といた万橘三好、かん、勝次郎、枝太郎、歌六などの音曲師のうたう市井の俗歌を耳にすると
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「あの、……渡辺ノ綱が、鬼から、かぶとしころをグヮシと、ひっつかまれて、ドロドロドロと、天に吊るしあげられるところ、そして、その鬼の腕を、刀でちょん斬るところ——何度見ても、飽かんです」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
両手をつばの下へ、重々しゅう、南蛮鉄、五枚しころ鉢兜はちかぶとを脱いで、陣中に憩った形でござったが、さてその耳のさとい事。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「元気を出せ。よいか、鎧を絶えず揺り動かせ、裏まで射らるるなよ、しころを傾けろ、兜の内を射られぬよう注意しろ」
私は九歳ここのつの時に浅草の仲見世で諏訪法性すわほっしょうの兜を買ってもらいましたが、しころの毛は白い麻で作られて、私がそれをかぶると背後うしろに垂れた長い毛は地面に引摺ひきずる位で
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
部屋には、仕事用の長板やら、しころの糸掛け、草摺くさずり掛けなどを置き、染革の切れッぱしだの膠鍋にかわなべが、ざつぜんと、散らかっている。ときには、万年寝床どこも敷きっぱなしだ。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよと、名のりかけ、名のりかけ、手取りにせんと追うて行く……三保谷みほのやが着たりける、かぶとしころを取りはずし、取りはずし、二三度逃げのびたれども、思う敵なればのがさじと
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
引攫ひっさらって、目ざす吉原、全盛の北のくるわへ討入るのに、しころの数ではないけれども、十枚で八銭だから、員数およそ四百枚、たもと懐中ふところ、こいつは持てない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平家方は、海の上では、熊手で、義経の兜のしころを引っかけようと、あちらこちらから、熊手を打ちかけて来るので、源氏方は太刀や長刀の先でうち払いながら戦を続けていた。
けれど矢の雨はなお、主従を目がけてそそいで来た。悪来は、かぶとしころを傾けてその下へ首を突っ込みながら、真っ先に突き進んでいたが、またも一団の敵が近づいて来るのを見て
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(眼かづらを取る。)兜もしころつちもいらねえ。みんなそつちへお渡し申すぜ。
箕輪の心中 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
源氏方はそれを物ともせず、かぶとしころをかたむけながら、平家の船に乗り移って攻め戦った。
しころのボロを縫い、具足の破れをつくろい、ただ肌着を清めて来ただけの姿なのだ。
かれは単衣ひとえものの尻を端折はしょった町人ていの男で、大きい風呂敷包みを抱えている。それだけならば別に不思議もないのであるが、彼はその頭に鉄の兜をいただいていた。兜にはしころも付いていた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
てめえのためならばな、かぶとしころなッちもらない、そらよ持って行きねえで、ぽんと身体からだを投出してくれてやる場合もあります代りにゃ、あま達引たてひく時なんざ、べらんめえ、これんばかしのはしたをどうする
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで「浄妙房、ご免」と叫ぶや、彼の兜のしころに手をかけると一気に跳りこえた。
魏延は馬のたてがみに首をうつ伏せ、槍は彼のかぶとしころを射抜いて彼方へ飛んだ。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しころのように、根が出過ぎてはしなくって。姉さん、」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、矢唸やうなりの流れる中に立って、眠りがものように、顔へしころをかざしていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悲壮な敗将の声をつつんで、一瞬に逃げくずれて行った後の大地を見ると、刀の折れ、柄ばかりの長刀なぎなたしころのちぎれ、草鞋わらじ、燃え残りの旗竿はたざお、鼻紙、ふんどしなどまで、散らばっていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年のわりに足がたしかである。えりくびにかぶとしころずれらしいあともみえる。山上の名所や堂塔の美もすでに一巡し、奥の院の参詣もすまし終ったものとみえ、その足どりはもう真っ直に下山口げざんぐちへかかる。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その治部大輔義元には、こんどの軍旅ぐんりょは、少なからぬ苦痛であったに違いない。肥えたわりに背の低い胴長な体に、赤地錦の直垂ひたたれ、大鎧をつけ、胸白の具足に、八龍を打った五まいしころかぶとをかぶった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歌一首、この世の言葉の終りと、頭巾のしころの裏に結いつけていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)