ほこ)” の例文
「うむ、汝先陣となるか。されば黄忠とほこを交え、いつわり負けて退却せよ、われに深き計あれば、必ず黄忠を擒にして見せよう」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしイエスはまだほこを収め給わずして、鋭く敵を追撃し給う。ああこのイエス様の気力と明知とはどこから来たのか。
というのは、全身を指揮棒に代えて群衆の呼吸を合わせているのである。京都の祇園祭ぎおんまつりのほこ山車だしの引き方はそのかすかな遺習であるかもしれない。
(新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
自覚していながら、遊びの心持になっているのである。ガンベッタの兵が、あるとき突撃をし掛けてほこが鈍った。ガンベッタが喇叭らっぱを吹けと云った。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それがまた新に青くなつて、一樣になつて、歸り來る時、葉の裁方たちかたにまでかはりが無い、白楊の葉はしんの臟、橡の樹のはてのひら篠懸すずかけの樹のは三叉みつまたほこの形だ。
落葉 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
不弥うみを一挙に蹂躙じゅうりんして以来、まだ日のたたぬ奴国の宮では、兵士つわものたちは最早や戦争の準備をする必要がなかった。神庫ほくらの中のほこつるぎも新らしく光っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
天つ神のほこから滴る潮の大和島根やまとしまねを凝り成して以来、我々の真に愛するものは常にこの強勇の持ち主である。常にこの善悪の観念を脚下に蹂躙じうりんする豪傑である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
○ある人のいふ所に依ると九段の靖国神社の庭園は社殿に向つて右の方が西洋風を摸したので檜葉ひばの木があるいは丸くあるいはほこなりに摘み入れて下は綺麗な芝生になつて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その上、沼田はわがほこを以て、取った土地である。故なく人に与えんことかなわずと云って、家康の要求を断り、ひそかに秀吉に使を出して、属すべき由云い送った。天正十三年の事である。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この狂言に対して、例の『時事新報』がまたもや真っ先に攻撃のほこを向けると、前の「春雨傘」の場合とは違って、今度は東京の諸新聞が相呼応して、殆んど一斉に批難攻撃の声をあげた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
法を惑わそうとはかって墜ちた罪の報い。あな悦ばしや現世のとがを地獄の責苦によってうち訂さるることよ。わしの居る所は八寒地獄じゃ。理智の冷たさが霜のほこ、氷の刃となって身をさいなむ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ほこえたような沢山たくさんきば……どう周囲まわりは二しゃくくらい身長みのたけは三げんあまり……そうったおおきな、神々こうごうしいお姿すがたが、どっと飛沫しぶき全身ぜんしんびつつ、いかにも悠々ゆうゆうたる態度たいどで、巌角いわかどつたわって
敵も味方もほこに伏せて
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
日の暮はけわしいがけの上に、寂しそうな彼を見出した。森はその崖の下にも、針葉樹のほこを並べていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほこみねの山肩に、あの日輪がかげる時刻までは、たとえ身が凍ろうとも上がらぬ心意つもりじゃ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、彼は無言のままその紅の一点を目がけて、押し寄せる敵軍の中へただ一騎驀進ばくしんした。ほこの雨が彼の頭上を飛び廻った。彼はたてを差し出し、片手のつるぎを振り廻して飛び来る鋒をはらった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)