ひと)” の例文
向うづけに屋根裏高き磔柱はりつけばしらいましめられて、の下ひらきてひとの前に、槍をもて貫かるるを。これに甘んずる者ありとせむか、その婦人おんないかなるべき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて重き物など引くらんやうに彼のやうやきびすめぐらせし時には、推重おしかさなるまでに柵際さくぎはつどひしひとほとんど散果てて、駅夫の三四人がはうきを執りて場内を掃除せるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
就中なかんずく喫茶店は、貴婦人社会にさるものありとひとりたる深川綾子、花のさかりの春は過ぎても、恋草茂る女盛り、若葉のしずく滴たるごとき愛嬌あいきょうを四方に振撒ふりま
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれど、私は御承知の偏屈者でありますから、ひととは大きに考量が違つてをります。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一人やなんぞ、気にもしないで、父子おやこは澄まして、ひとの我に対する表敬の動揺どよめきを待って、傲然ごうぜんとしていた。
慈善の為に少しはひとにも見せておんなさい、なんぞと非常に遣られたぢやないか。それからね、知つてをる通り、今度の選挙には実業家として福積ふくづみが当選したらう。俺もおほいにあづかつて尽力したんさ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
渠等かれら無頼ぶらいなる幾度いくたびこの擧動きよどう繰返くりかへすにはゞかものならねど、ひとそのふが隨意まゝ若干じやくかん物品ものとうじて、その惡戲あくぎえんぜざらむことをしやするをて、蛇食へびくひげい暫時ざんじ休憩きうけいつぶやきぬ。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
探偵の身にしては、賞牌しょうはいともいいつべき名誉の創痕きずあとなれど、ひとに知らるる目標めじるしとなりて、職務上不便を感ずることすくなからざる由をかこてども、たくみなる化粧にて塗抹ぬりかくすを常とせり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひと一所いっしょに、草のこみちを、幻の跡を尋ねた——確に此処ぞ、と云う処に、常夏がはらはら咲いて、草の根の露に濡れつつ、白檀の蒔絵の、あわれに潮にすさんだ折櫛が——その絵の螢が幽にった。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横町の小児こども足搦あしがらみの縄を切払うごときはおろかなこと、引外してにげるはずみに、指が切れて血が流れたのを、立合のひとあやしんで目を着けるから、場所を心得て声も懸けなかったほど、思慮の深い女賊は
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
痩枯やせがれた坊主の易者が出るが、その者は、何となく、幽霊を済度しそうな、怪しい、そして頼母たのもしい、呪文を唱える、堅固な行者のような風采ふうさいを持ってるから、ひとの忌む処、かえって、底の見えない
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)