“老子(らうし)” の例文
元來(ぐわんらい)閭(りよ)は科擧(くわきよ)に應(おう)ずるために、經書(けいしよ)を讀(よ)んで、五言(ごん)の詩(し)を作(つく)ることを習(なら)つたばかりで、佛典(ぶつてん)を讀(よ)んだこともなく、老子(らうし)を研究(けんきう)したこともない。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
因(よつ)て齊(せい)に家(いへ)せり。世(よ)の・老子(らうし)を學(まな)ぶ者(もの)は則(すなは)ち儒學(じゆがく)を絀(しりぞ)け、儒學(じゆがく)も亦(また)老子(らうし)を絀(しりぞ)く。『道(みち)、同(おな)じからざれば、相(あひ)爲(た)めに謀(はか)らず』とは、豈(あに)是(これ)を謂(い)ふ邪(か)。
「孔子様の隣りに、老子(らうし)様を描くのです。老子さまは、おつ母(か)さんのお腹(なか)に、七十年居たのださうな。だから産れた時、もう髪が真白(まつしろ)で、歯が抜けてゐたのだつて。」
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
黙(だま)つて人の云(い)ふことを聞け、醋吸(すすひ)の三聖(せい)は結構(けつこう)でございます、なれども些(ち)と御祝儀(ごしゆうぎ)の席には向きませんかと存(ぞん)じます、孔子(こうし)に老子(らうし)、釈迦(しやか)は仏(ぶつ)だからお祝(いは)ひの席には掛(か)けられませんと
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
老子(らうし)とか易學(えきがく)までには行つてゐない。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
老子(らうし)は楚(そ)の苦縣(こけん)の厲郷(らいきやう)、曲仁里(きよくじんり)の人(ひと)也(なり)。姓(せい)は李氏(りし)、名(な)は耳(じ)、字(あざな)は伯陽(はくやう)、諡(おくりな)を聃(たん)と曰(い)ふ。周(しう)の(一)守藏室(しゆざうしつ)の史(し)也(なり)。孔子(こうし)、周(しう)に適(ゆ)き、將(まさ)に禮(れい)を老子(らうし)に問(と)はんとす。
随分(ずゐぶん)茶(ちや)の有(あ)る男(をとこ)だな……草履下駄(ざうりげた)を片(かた)ちんばに履(は)いて往(ゆ)く奴(やつ)があるか、狗(いぬ)がくはへて往(い)つた、外(ほか)に無いか、それではそれで往(い)け、醋吸(すすひ)の三聖(せい)、孔子(こうし)に老子(らうし)に釈迦(しやか)だよ、天地(てんち)が唐物緞子(からものどんす)
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
老子(らうし)、(一一)道徳(だうとく)を修(をさ)む、其學(そのがく)は自(みづか)ら隱(かく)して名(な)無(な)きを以(もつ)て務(つとめ)と爲(な)せり。周(しう)に居(を)ること之(これ)を久(ひさ)しうして、周(しう)の衰(おとろ)ふるを見(み)、廼(すなは)ち遂(つひ)に去(さ)つて、(一二)關(くわん)に至(いた)る。