真最中まっさいちゅう)” の例文
旧字:眞最中
二十年位で若死わかじにを致したものと思って見ましたの。(画家頭を振る。)幸福の真最中まっさいちゅうに死んだのでございますわ。美しい死でございましょう。
三人が、この冬の真最中まっさいちゅうに、「筑後川上流探検」——彼らはそう呼んでいた——をはじめてから、すでに四日目である。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この三篇を書いていた時はあたかも胸中の悶々に堪えなくて努力も功名も消えてしまった真最中まっさいちゅうであった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
冬も真最中まっさいちゅうとなった頃、やっとのことで故郷へ近づいた折から、天気は陰気にうす曇り、冷たい風は船室の中まで吹き込んで来て、ぴゅうぴゅうと音を立てている。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
さア江戸橋魚市うおいち込合こみあい真最中まっさいちゅう、まして物見高いのは江戸の習い、引廻しの見物山の如き中にかみしも着けたる立派な侍が、馬の轡に左手ゆんでを掛け、刀のつか右手めてを掛けて
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
冬の日の木曾路きそじさぞ御疲おつかれに御座りましょうが御覧下されこれは当所の名誉花漬はなづけ今年の夏のあつさをも越して今降る雪の真最中まっさいちゅう、色もあせずにりまする梅桃桜のあだくらべ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おれは無論の事逃げる気はない。山嵐のかかとを踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた。喧嘩は今が真最中まっさいちゅうである。師範の方は五六十人もあろうか、中学はたしかに三割方多い。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ところが騒ぎの真最中まっさいちゅう、御亭主殿が急にわずらいついてポクリと死んでしまいました」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この冬の真最中まっさいちゅうに梨の実を取って来いと言われるのは、大江山の鬼の酢味噌が食べたいと言われるより、足柄山の熊のお椀が吸いたいと言われるよりつらいというような顔つきをしました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
わたくしなどはいま修行しゅぎょう真最中まっさいちゅう寸時いっときもうかうかとあそんではりませぬ。
天井へ宙乗ちゅうのりでもするように、ふらふらふらふら、山から山を経歴へめぐって……ええちょうど昨年の今月、日は、もっと末へ寄っておりましたが——この緋葉もみじ真最中まっさいちゅう、草も雲もにじのような彩色の中を
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或人が不斗ふと尋ねると、都々逸どどいつ端唄はうたから甚句じんくカッポレのチリカラカッポウ大陽気おおようきだったので、必定てっきりお客を呼んでの大酒宴おおさかもり真最中まっさいちゅうと、しばらく戸外おもて佇立たちどまって躊躇ちゅうちょしていたが
私は爛酔らんすい真最中まっさいちゅうにふと自分の位置に気が付くのです。自分はわざとこんな真似まねをして己れをいつわっている愚物ぐぶつだという事に気が付くのです。すると身振みぶるいと共に眼も心もめてしまいます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとうかがいますと、わたくしんだことはすぐ良人おっともと通知しらせがあったそうでございますが、何分なにぶん当時とうじ良人おっとはきびしい修行しゅぎょう真最中まっさいちゅうなので、自分じぶんつまんだとて、とてもすぐいにくというような
いか、話の真最中まっさいちゅうはんまな時分に持って来ちゃアいけねえぜ
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そちたち今正いままさにその修行しゅぎょう真最中まっさいちゅうすこくらいのことは大目おおめ見逃みのがしてもやるが、あまりにそれにはしったが最後さいご結局けっきょく幽界ゆうかい落伍者らくごしゃとして、亡者扱もうじゃあつかいをけ、いくねんいくねん逆戻ぎゃくもどりをせねばならぬ。