煎豆いりまめ)” の例文
煎豆いりまめ」があり、「紅梅焼」があり、「雷おこし」があったといっても、それらは直接「観音さま」に関聯する何ものも持たなかった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
今しがたまでお客がいたものと見え、酒のかおりと共に、煙草たばこけむりこもったままで、紫檀したんテーブルみぞには煎豆いりまめが一ツ二ツはさまっていた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ヘーヘー恐れ煎豆いりまめはじけ豆ッ、あべこべに御意見か。ヘン、親のそしりはしりよりか些と自分の頭のはえでもうがいいや、面白くもない」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
四方を眺むれば橋の袂に焼くもろこしの匂い、煎豆いりまめの音、氷屋の呼声かえッて熱さを加え、立売の西瓜すいか日を視るの想あり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
錨を上げる震動が、錨室と背中合せになっている漁夫を煎豆いりまめのようにハネ飛ばした。サイドの鉄板がボロボロになって、その度にこぼれ落ちた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
はじかれた煎豆いりまめのように、雨戸あまどそとしたまつろうは、いも一てて、一寸先すんさきえなかったが、それでも溝板どぶいたうえけだして、かど煙草屋たばこやまえまでると
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そして袂から煎豆いりまめを出して、ぽりぽり食べ初めたが、時々、愛くるしい唇の間から、虫蝕むしくいで黒くなった糸切歯やえばが見え、あまり歯が丈夫でないたちとみえて固い豆がよくめない。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
谷中尉は、煎豆いりまめからをはき出しながら、じろりと私の顔を眺め、そう言った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
われ当世の道理はしらねど此様このような気に入らぬ金受取る事大嫌だいきらいなり、珠運様への百両はたしかに返したれど其人そのひとに礼もせぬ子爵からこの親爺おやじ大枚たいまいの礼もらう煎豆いりまめをまばらの歯でえと云わるゝより有難迷惑
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただ台所で音のする、煎豆いりまめに小鼻をいからせ、牡丹ぼたん有平糖あるへいとうねらう事、毒のある胡蝶こちょうに似たりで、立姿たちすがた官女かんじょささげた長柄ながえを抜いてはしかられる、お囃子はやし侍烏帽子さむらいえぼうしをコツンと突いて、また叱られる。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同心等の持つてゐた三文目もんめ分筒ふんづゝ煎豆いりまめのやうな音を立てた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
煎豆いりまめをお手のくぼして梅の花
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それから此の士官の部屋に行き、煎豆いりまめを噛みながら、しばらく雑談をした。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
小石川富坂こいしかわとみざか源覚寺げんかくじにあるお閻魔様えんまさまには蒟蒻こんにゃくをあげ、大久保百人町おおくぼひゃくにんまち鬼王様きおうさまには湿瘡しつのお礼に豆腐とうふをあげる、向島むこうじま弘福寺こうふくじにある「いし媼様ばあさま」には子供の百日咳ひゃくにちぜきを祈って煎豆いりまめそなえるとか聞いている。
煎豆いりまめが一粒、その手の指のあいだに挾まった。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)