すす)” の例文
こうして正太と二人ぎりで居ることは、病院に来ては得難い機会おりであった。豊世はすすものか何かに出て居なかった。幸作も見えなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自己の罪として受けた心根を知るあたしだけが、銭を愛さず、事志とちがった父の汚名を、心だけですすごうと思いをかためた。
……三度の食事ごしらえも、すすぎ物も縫い針も、決して吉村の母の手は藉りなかったし、「いいから」と云われるのを押して、毎夜より女の肩腰をんだ。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きっとお湯のとき頭を洗う、そのすすぎがうまくゆかなかったのでしょうと思います。この調子では春になりましょうね。木枯しの中つれてゆくのはすこし冒険故。
思わず啓吉は空を見上げたが、晴々しい黄昏たそがれで、き初めた町の灯が水ですすいだように鮮かであった。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
是で盃をすすぐことをアラタメルと謂ったのも、もとは別の盃にするという意味で、「金色夜叉こんじきやしゃ」の赤樫満枝あかがしみつえという婦人などが、「改めてございませんよ」と謂って
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
父母に七一孝廉かうれんの聞えあり、貴きをたふとみ、いやしきをたすくるこころありながら、七二三冬のさむきにも七三きう起臥おきふし、七四ぶくのあつきにも七五かつすすぐいとまなく
丁度お八つ時分のちゃでは、隠居や子息むすこと一緒に、鶴さんもお茶を飲みながら話込んでいたが、お島が手土産の菓子の折を、裏の方にすすぎものをしているおゆうにせて
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
流れにすすいだきぬをしぼっていると、その向う側の道を誰か歩いてくるらしい跫音なのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清らかに洗ひすすげる白シャツに一点の墨汁ぼくじゅうを落したる時、持主は定めて心よからざらん。
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
紺とはいえど汗にめ風にかわりて異な色になりし上、幾たびか洗いすすがれたるためそれとしも見えず、えり記印しるしの字さえおぼろげとなりし絆纏はんてんを着て、補綴つぎのあたりし古股引ふるももひきをはきたる男の
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
長沙ちょうさの人とばかりで、その姓名を忘れたが、家は江辺に住んでいた。その娘が岸へ出てきものすすいでいると、なんだか身内に異状があるように感じたが、後には馴れて気にもかけなかった。
今ちょッと遊びにでも来た者のような気がした,するとまた娘の姿が自分の目には、あらざらしの針目衣はりめぎぬを着て、茜木綿あかねもめんたすきを掛けて、糸を採ッたりきぬを織ッたり、すすぎ洗濯、きぬた打ち
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
木皿に盛った蒸パンに野菜を添えた簡素な朝飯をハムレットは手掴みでやり、汚れた指先を木椀ジャットの水ですすぎ、その水を飲みほしてナフキンで丹念に唇を拭うと、これで朝の食事が終ります。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
膝ぶしぐらいまで水にはいり、摩擦によって充血した皮膚を日光にあてまた微風に冷しながら四方の山を眺める気もちはまことに爽快である。もしすすぐべき衣類食器などあればついでに洗う。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
若い女の人が二人、洗濯物を大盥おおだらいすすいでいた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
(ああ、おすすぎ遊ばしましょうね。)
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この場所をえらんで、お仙はたらいを前に控えながら、何かすすぎ物を始めていた。下婢おんなのお春も井戸端に立って、水をんでいた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ヘイライひとり出て来なかったが、ふと、泉殿いずみどののほとりを見ると、姉妹ともみえるふたりの女性が、をからげ、そでもむすんで、白いはぎもあらわに、流れで何かすすいでいた。
大河おおかわまで持ち出して行って、バケツで水をみあげるのが面倒くさく、じかに流れですすいだりして、襦袢じゅばん浴衣ゆかたを流したりしていた銀子も、それを重宝がりお礼に金を余分に包んだり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「よしわかった、こっちはいいから襦絆じゅばんをひとすすぎして置いて呉れ」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『ははあ。糸を染めておいでなさるのだ。染桶そめおけがあるし、勾欄こうらんから紅葉もみじの木へ、すすぎあげた五色の糸を、懸けつらねて、干してもある。……はて、何とおとなおう。おどろかしてもよくないし』
汝ら、生をうけて、何ぞこの狭隘きょうあい山谷さんこくに、雲と児戯するや。雲すでに起つ、雲にせよ。行くこと西方三千里、廬山ろざんに臥し峨眉峰がびほうを指さし、足を長江にすすぎ、気を大世界に吸う。生命真に伸ぶべし。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子の襁褓むつきを自らすすいでいるという有様だった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)