“湯本(ゆもと)” の例文
いつまでそこの藝者屋にもゐられないし、それにもう塔の澤は一體に危(あぶな)くなつたから、今度は湯本(ゆもと)の福住(ふくずみ)へ逃げるんだつて言ふのよ。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
湯本(ゆもと)の立場(たてば)に着くと、もう先触(さきぶれ)が通っているので、肩継人足が二十人近く、息杖(いきづえ)をそろえて待ちかまえている。それへ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
即(すなは)ちこの外輪山(がいりんざん)の破(やぶ)れ目(め)が火口瀬(かこうせ)である。箱根山(はこねやま)でこれに相當(そうとう)する場所(ばしよ)は湯本(ゆもと)の早川(はやかは)と須雲川(すぐもがは)の相會(あひかい)する所(ところ)である。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
明応八年にはまた上杉(うえすぎ)氏に招かれて越後(えちご)に行き滞留二年、文亀(ぶんき)二年に門弟宗長(そうちょう)を伴って関東へ出、川越に行き、箱根湯本(ゆもと)に到って旅に死んだ。年八十二。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
後(のち)に小田原(をだはら)の町(まち)を放(はな)れ、函嶺(はこね)の湯本(ゆもと)近(ぢか)に一軒(いつけん)、茶店(ちやみせ)の娘(むすめ)、窶(やつ)れ姿(すがた)のいと美(うつく)しきが、路傍(みちばた)の筧(かけひ)、前(まへ)なる山(やま)凡(およ)そ三四百間(さんしひやくけん)遠(とほ)き處(ところ)に千歳(ちとせ)久(ひさ)しき靈水(かたちみづ)を引(ひ)いたりといふ
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
今日の村の名または大字(おおあざ)の名に、湯本(ゆもと)・由(ゆ)ノ木(き)等の非常に多いのも、以前はユフの採取地として保護していた山野が、後に麻の畠作が進むとともに不用になり
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
清水川原(しみづかはら)は越後の入り口、湯本(ゆもと)は信濃に越るの嶮路(けんろ)あるのみ。一夫(いつふ)是(これ)を守れば万卒(ばんそつ)も越(こ)え難(がた)き山間幽僻(さんかんいうへき)の地也。里俗(りぞく)の伝(つた)へに此地は大むかし平家の人の隠(かくれ)たる所といふ。
江戸時代には箱根の温泉まで行くにしても、第一日は早朝に品川(しながわ)を発(た)って程ヶ谷(ほどがや)か戸塚(とつか)に泊まる、第二日は小田原(おだわら)に泊まる。そうして、第三日にはじめて箱根の湯本(ゆもと)に着く。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この銭は箱根の湯本(ゆもと)に着くと、もう遣(つか)い尽していた。そこで枳園はとりあえず按摩(あんま)をした。上下(かみしも)十六文の糈銭(しょせん)を獲(う)るも、なお已(や)むにまさったのである。啻(ただ)に按摩のみではない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ちょうどこの竜神村の字(あざ)の数と同じことになる、そうして、この湯本(ゆもと)の竜王社には王の中の王たる難陀竜王を祀ってある、野垣内(のがい)、湯の野、大熊、殿垣内(とのがい)、小森、五百原(いおはら)、高水(こうすい)の七所に
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
後(のち)また数旬を経(へ)て、先生予を箱根(はこね)に伴(ともな)い霊泉(れいせん)に浴(よく)して痾(やまい)を養わしめんとの事にて、すなわち先生一家(いっか)子女(しじょ)と共に老妻(ろうさい)諸共(もろとも)、湯本(ゆもと)の福住(ふくずみ)に寓(ぐう)すること凡(およそ)三旬、先生に陪(ばい)して或は古墳(こふん)旧刹(きゅうさつ)を探(さぐ)り