水桶みずおけ)” の例文
見ると甲斐かい甲斐しく袖をからげ、水桶みずおけを携えている、——何をするかと思って黙っていると、盆栽の鉢を一つ一つ丁寧に洗いはじめた。
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
暫く順一はそれを冷然と見詰めていたが、ふと、ここへはもっと水桶みずおけを備えつけておいた方がいいな、と、ひとりうなずくのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その境の掘井戸へお吉がなにげなく水桶みずおけをさげてゆくと、家の横に三人の侍が、黒い影をたたずませていたので、思わず、胸を騒がせた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主に杉の柾目まさめを使って曲物を作ります。柄杓ひしゃくのような簡単なものから、飯櫃めしびつだとか水桶みずおけだとか寿司桶すしおけなど、色々と念を入れた品を見出します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大ぜいの人たちが並木道なみきみちをこっちへやってくるではありませんか。ニールスは、あわてて、アーチのそばにあった水桶みずおけのうしろにかくれました。
私が水桶みずおけの柄を持ってやった時のことを、まだ覚えていますか。私がお前の小さな手にさわったのは、それが始めてだった。ほんとに冷たい手だった。
道路の入り口にはすでに盛り砂が用意され、竹籠たけかごに厚紙を張った消防用の水桶みずおけは本陣の門前にえ置かれ、玄関のところには二張ふたはりの幕も張り回された。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いかなる茸にても水桶みずおけの中に入れて苧殻おがらをもってよくかきまわしてのち食えば決してあたることなしとて、一同この言に従い家内ことごとくこれを食いたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この色彩は画面を洗ひし水桶みずおけの底に沈澱ちんでんしたる絵具を以て塗りたる色の如くむしろ色と呼ばんよりは色なる感念かんねんを誘起せしむる色づきし雲の影とやいはん。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
めりめりひやりと鳴る音にそりゃ地震よ雷よ、世直し桑原桑原と、我先にと逃げ様に水桶みずおけたらい僵掛こけかかり、座敷も庭も水だらけになるほどに、南無三なむさん津浪が打って来るは
其処そこへ東京から新任の県知事がお乗込のりこみとあるについて、向った玄関に段々だんだらの幕を打ち、水桶みずおけに真新しい柄杓ひしゃくを備えて、うやうやしく盛砂もりずなして、門から新筵あらむしろ敷詰しきつめてあるのを
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見ると漆喰しっくいで叩き上げた二坪ほどの土間に、例の車屋のかみさんが立ちながら、御飯焚ごはんたきと車夫を相手にしきりに何か弁じている。こいつは剣呑けんのんだと水桶みずおけの裏へかくれる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すりかえの謀計ぼうけいである。君の鋳物などは最後は水桶みずおけの中で型のどろを割って像を出すのである。準備さえ水桶の中に致しておけば、容易に至難しなんの作品でも現わすことが出来る。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう言うと、ポルトガル奥さんは、水桶みずおけの中にはいって、水をピシャピシャはねかしました。おかげで、歌をうたう小鳥は、頭から水をかぶって、もうすこしで、おぼれそうになりました。
僕はいまだに目に見えるように、顔の赤い水屋のじいさんが水桶みずおけの水を水甕みずがめの中へぶちまける姿を覚えている。そう言えばこの「水屋さん」も夢現ゆめうつつの境に現われてくる幽霊の中の一人だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
水桶みずおけをさげた姉妹たちのほかに正太郎が紋付袴もんつきはかまで胸をのけぞってゆくのに並んで、小さい躯の千吉も袴はつけていないがたけの長い羽織を着、供え団子のお華束けそくを両手でささげるように持って
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
屋背は深き谿たにに臨めり。竹樹しげりて水見えねど、急湍のひびきは絶えず耳に入る。水桶みずおけにひしゃく添えて、縁側えんがわに置きたるも興あり。室の中央にあり、火をおこして煮焚にたきす。されど熱しとも覚えず。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
奥座敷の次の間から、廊下一面に、にわかに買いこんできた水桶みずおけ、七輪、さら小鉢こばち……炊事道具すいじどうぐをいっさいぶちまけて、泉水の水で米をとぐ。違い棚で魚を切る。毎日毎晩、この騒ぎなので——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
近寄ってみると、大きな水桶みずおけを持ったごく小さな子供であることがわかった。すると男は子供の所へ行って、無言のまま桶の柄を持ってやったのである。
「——あの樹蔭には、あしたの朝の荒むしろ、水桶みずおけ柄杓ひしゃく、血穴を掘るくわの道具まで、運んで来てあるのです」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとりの生徒はひどくのどがかわいていたので、水桶みずおけのところへいって、身をかがめてもうとしました。
馬をつなぐうまやがなければならない。消防用の水桶みずおけ、夜間警備の高張たかはりの用意がなければならない。いざと言えば裏口へ抜けられる厳重な後方の設備もなければならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
またわずかずつのしばまぐさまでささげていたが、親が教えるのは水汲みがしゅであったとみえて、八つ九つの小娘こむすめまでが、年に似合ったちいさな水桶みずおけをこしらえてもらって
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
荷造り用の箱みたいなものが——おそらく棺かも知れないが——戸棚とだなの代わりになっており、バタのつぼ水桶みずおけの代わりとなり、一枚の藁蒲団わらぶとんが寝床となり
そして、だんろのそばのたなの上にのっているなべやコーヒーわかしや、戸口にある水桶みずおけや、はんぶんいている戸棚の中に見えるさじやナイフやフォークやはちやおさらまで眺めわたしました。
コゼットは急いでそこに葡萄酒ぶどうしゅびんと杯とを並べた。水桶みずおけを言いつけた商人はそれを自分で馬の所へ持って行った。コゼットはまた料理場のテーブルの下のいつもの場所にもどって、編み物を初めた。