梧桐ごとう)” の例文
そのうちに曇った空から淋しい雨が落ち出したと思うと、それが見る見る音を立てて、空坊主からぼうずになった梧桐ごとうをしたたからし始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青々せいせいたる梧桐ごとうの下に箒木を手にしている老人は、老いかがんだ腰も重げにうめきながら、みにくいしわで一ぱいになった顔を、日のまぶしさにしかめつつやせ衰えたはぎをふんばり
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
梧桐ごとうが茂り、大きな葉が陰影をさし延べると、彼は前よりも大胆に枝を見透かして、下の物音を注意深くうかゞはうとした。やがて和作はその日本風ななぞを解きあかされた。紹介された。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
のちに芥川龍之介氏の「支那游記」をよむと、同氏もここに画舫がぼうをつないで、えんじゅ梧桐ごとうの下で西湖の水をながめながら、同じ飯館の老酒ラオチュウをすすり、生姜煮しょうがにの鯉を食ったとしるされている。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭の方へき出してある小さいヴェランダへ出て見ると、庭には一面に、大きい黄いろい梧桐ごとうの葉と、小さい赤い山もみじの葉とが散らばって、ヴェランダから庭へ降りる石段の上まで
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
秋の日影もややかたぶいて庭の梧桐ごとうの影法師が背丈を伸ばす三時頃、お政は独り徒然つくねんと長手の火鉢ひばちもたれ懸ッて、ななめに坐りながら、火箸ひばしとって灰へ書く、楽書いたずらがき倭文字やまともじ、牛の角文字いろいろに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
鳥羽離宮の翠帳すいちょうふかきところ春風しゅんぷう桃李とうり花ひらく夜か、秋雨しゅうう梧桐ごとうの葉落つるの時か——ただ一個の男性としての上皇が、ほおをぬらして語り給う少年の日の思い出を——美福門院も、おん涙をともにして
○外を見、梧桐ごとうの葉が皆落ち切ったのに愕く。
「困った男だなあ」としばらくさじを投げて、すいとって障子をあける。例の梧桐ごとう坊主ぼうずの枝を真直まっすぐに空に向ってさらしている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
成善はこの年十月ついたちに海保漁村と小島成斎との門にった。海保の塾は下谷したや練塀小路ねりべいこうじにあった。いわゆる伝経廬でんけいろである。下谷は卑溼ひしつの地なるにもかかわらず、庭には梧桐ごとうえてあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
同時にむなしい空が遠くから窓にあつまるように広く見え出した。豊三郎は机に頬杖ほおづえを突いて、何気なにげなく、梧桐ごとうの上を高く離れた秋晴を眺めていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縁側から外をうかがうと、奇麗な空が、高い色を失いかけて、隣の梧桐ごとう一際ひときわ濃く見える上に、薄い月が出ていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
椽側からそとうかゞうと、奇麗なそらが、高いいろうしなひかけて、となり梧桐ごとう一際ひときはく見えるうへに、うすつきてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ことにこの間から、気分がわるくて、仕事をする元気がないので、あやしげな机に頬杖ほおづえを突いては朝な夕なに梧桐ごとうながめくらして、うつらうつらとしていた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると先刻さっき見た梧桐ごとうの先がまたひとみに映った。延びようとする枝が、一所ひとところり詰められているので、またの根は、こぶうずまって、見悪みにくいほど窮屈に力がっている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蝉のもっとも集注するのは——集注がおかしければ集合だが、集合は陳腐ちんぷだからやはり集注にする。——蝉のもっとも集注するのは青桐あおぎりである。漢名を梧桐ごとうと号するそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人共跣足はだしになって、手桶ておけを一杯ずつ持って、無分別に其所等そこいららして歩いた。門野が隣の梧桐ごとう天辺てっぺんまで水にして御目にかけると云って、手桶の底を振り上げる拍子に、滑って尻持しりもちを突いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて彼の前に佇立ちょりつして余念もなくながめていると、静かなる小春の風が、杉垣の上から出たる梧桐ごとうの枝をかろく誘ってばらばらと二三枚の葉が枯菊の茂みに落ちた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
垢染あかじみた布団ふとんひややかに敷いて、五分刈ごぶがりが七分ほどに延びた頭を薄ぎたない枕の上によこたえていた高柳君はふと眼をげて庭前ていぜん梧桐ごとうを見た。高柳君は述作をして眼がつかれると必ずこの梧桐を見る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)