杉箸すぎばし)” の例文
とかくのうち晩餐ばんさんの時刻となりて中川家独得の長食卓ながてーぶるは客の前に持出もちいだされぬ。ナイフもフークもスプーンも例の杉箸すぎばしも法の如く並べられたり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ベコニアはすっかり枯れて茎だけが折れた杉箸すぎばしのようになり、かにシャボの花も葉もうだったようにベトベトに白くなってはちにへばりついている。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
見馴れない四十恰好がっこうの女が、姉のうしろから脊中せなかさすっている傍に、一本の杉箸すぎばしを添えた水飴みずあめの入物が盆の上に載せてあった。女は健三に会釈した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
赤福のもちの盆、煮染にしめの皿も差置いたが、猪口ちょくも数をかさねず、食べるものも、かの神路山かみじやま杉箸すぎばしを割ったばかり。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先生は汚らしい桶のふたを静に取って、下痢げりした人糞のような色を呈した海鼠なまこはらわたをば、杉箸すぎばしの先ですくい上げると長く糸のようにつながって、なかなか切れないのを
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その一本は杉箸すぎばしで辛くも用を足す火箸に挾んで添える消炭の、あわれ甲斐なき火力ちからを頼り土瓶どびんの茶をばぬくむるところへ、遊びに出たる猪之の戻りて、やあ父様帰って来たな
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
口に飴をくわえ、飴に付いている杉箸すぎばしのような物を、両手で挾んでくるくる廻しながら、いかにも暢気のんきそうな、この世に心配なことはなにもない、と云いたげな顔つきで、ふらふらと歩いて来た。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新しい釘を打ち込んだのもあり、大き過ぎる穴は杉箸すぎばしで埋めて、兩方を切り取つたうへ、一寸見ただけではわからないやうに墨とほこりで汚してある、——尤も、素人の細工だから大したことはない。
そうして彼女は杉箸すぎばしを裂き、一切れの寿司すしをつまむと
全体この角煮はそう蘇東坡そとうば工風くふうした料理だといって支那人は東坡肉と号するが、最初は今いった通り杉箸すぎばしの通るまで湯煮ゆでてそれを冷却さましておく。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼の最も面白がったのは河豚ふぐの網にかかった時であった。彼は杉箸すぎばしで河豚の腹をかんから太鼓だいこのようにたたいて、そのふくれたり怒ったりする様子を見て楽しんだ。……
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誰に習っていつ覚えた遣繰やりくりだか、小皿の小鳥に紙をおおうて、あおって散らないように杉箸すぎばしをおもしに置いたのを取出して、自棄やけに茶碗で呷った処へ——あの、跫音あしおとは——お澄が来た。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口に飴をくわえ、飴に付いている杉箸すぎばしのような物を、両手ではさんでくるくるまわしながら、いかにも暢気のんきそうな、この世に心配なことはなにもない、と云いたげな顔つきで、ふらふらと歩いて来た。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
豚の肉やししの肉は何の料理にするのでも先ず大片おおぎれを二時間位湯煮て杉箸すぎばしがその肉へ楽にとおる時を適度として一旦引上げてそれから煮るとも焼くともしなければならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「饂飩は馬子まごが食うもんだ。蕎麦の味を解しない人ほど気の毒な事はない」と云いながら杉箸すぎばしをむざと突き込んで出来るだけ多くの分量を二寸ばかりの高さにしゃくい上げた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やしきの庭が広いから、直ぐにここへ気がついた。私たちは思いも寄らなかった。糸で杉箸すぎばしゆわえて、その萩の枝に釣った。……このおもむき乗気のりき饒舌しゃべると、雀の興行をするようだから見合わせる。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
豚の三枚肉を杉箸すぎばしが通るほどに湯煮ゆでて一寸四角に切って水一升に酒一合味淋みりん一合位な割で五時間ほどよく煮て火から卸す一時間も前に醤油を多く入れて煮詰につめるのだ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「饂飩はよすよ。ここいらの饂飩はまるで杉箸すぎばしを食うようで腹が突張つっぱってたまらない」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もんでもありさえすりゃ、中汲なかくみだろうが、焼酎しょうちゅうだろうが、徳利の口へ杉箸すぎばし突込つっこんで、ぐらぐらえ立たせた、ピンと来て、脳天へみます、そのね、私等わっしらで御覧なさい、においいだばかりで
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
謎の女は烏をちゅちゅにして、雀をかあかあにせねばやまぬ。謎の女が生れてから、世界が急にごたくさになった。謎の女は近づく人をなべの中へ入れて、方寸ほうすん杉箸すぎばしぜ繰り返す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
左から四本目の桟の中ほどを、杉箸すぎばしが一本横に貫ぬいて、長い方のはじが、思うほど下に曲がっているのは、立ち退いた以前の借主が通す縄に胸を冷やす氷嚢ひょうのうでもぶら下げたものだろう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)