木地きじ)” の例文
形式だけ見事だって面倒なばかりだから、みんな節約して木地きじだけで用を足している。はなはだ痛快である。天醜爛漫らんまんとしている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは彩色なしではあるが、木地きじのままでも、その物質そのままを感じ、また色彩をも感ずるように非常に苦心をしてったのであった。
現実界に触れて実感をると、他愛もなくげて了う、げて木地きじあらわれる。古手の思想は木地を飾っても、木地を蝕する力に乏しい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「灯をもっとやせ、観音様も笑って御座るよ。ちと剥げちょろになったが、木地きじが見えると金箔の時よりは不思議に明るく温かにおなりだ」
久しく訪わなかったのでいわれなく入って見たいような気がした。普請の好きなわたしは廊下や縁側の木地きじにも幾分かさびが出来たであろう。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馬「木地きじで化粧なしで綺麗だから、何うも得て何処か悪いとこの有るもんだが、こりゃア疵気きずけなしのえらい玉で」
木地きじはむろんひのきに相違ないが、赤黒の漆を塗り、金銀か螺鈿らでんかなにかで象嵌ぞうがんをした形跡も充分である。蓋はかぶぶたで絵がある。捨て難い古代中の古代ものだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もっとも木地きじは古いようだから、あるいはいつの代かにえたものかも知れない。「さあそんなことかも存じませぬ」と、主人は一向無関心な返答をする。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鷹の絵は女絵かきの孤芳にかかせましたが、その絵といい、絵馬の木地きじといい、よっぽど上手に出来ていたと見えて、丸多も見ごとに一杯食わされてしまったんです。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの颺々ようようとして芸術三昧ざんまいに飛揚してせた親友の、音楽が済み去ったあとで余情だけは残るもののその木地きじは実は空間であると同じような妙味のある片付き方で終った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はっきりした分業になっていて、まず木地きじ指物さしもの檜物ひものに分れます。即ち轆轤ろくろで椀をく者、板を組立てて膳や箱などを作る者、次にはひのきを材に曲物まげものを作る者の三つであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
小屋のなかには大勢の者が、板をいたり、木地きじを轆轤にかけたり、磨きをしたり、仕上げをかけたり、そうして、彫るものは彫りをつけ、塗るものはの粉をすッてうるしを拭きます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お互に塗りが剥げて木地きじが現れること止むを得ない。私は時折憤って
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
……いかにや、年ふる雨露あめつゆに、彩色さいしきのかすかになったのが、木地きじ胡粉ごふんを、かえってゆかしくあらわして、萌黄もえぎ群青ぐんじょうの影を添え、葉をかさねて、白緑碧藍はくりょくへきらんの花をいだく。さながら瑠璃るりの牡丹である。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、柔しい木地きじ女性おんなに返つて、ホロ/\と泣かれた。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しかし宮内省からお預かりをしている品物は、木地きじとはいえ、大切のものであるから、不慮のことでもあってはとなかなか心配。
真物ほんもの金唐革きんからかわで張りつめた、見事な手箱ですが、たった一撃で打ち割られて、中の木地きじがメチャメチャに砕けております。
見るとげた御膳おぜんの上にふちの欠けた茶碗が伏せてある。さい飯櫃めしびつも乗っている。はしは赤と黄に塗り分けてあるが、黄色い方のうるしが半分ほど落ちて木地きじが全く出ている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なにしろ其の頃の花魁おいらんですからね。その碁盤もわたくしは見ましたが、頗る立派なものでした。木地きじかやだそうですが、四方は黒の蝋色で、それに桜と紅葉を金蒔絵にしてある。
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてそれらの蒔絵や絵の具の色は、きり木地きじが時代を帯びて黒ずんでいるために、一層上品な光をしずませて眼を射るのである。津村は油単のちりぬぐって、改めてその染め模様を調べた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
黒檀こくたん木地きじに青貝の象嵌ぞうがんがしてあるだけで、大して高価な印籠とも見えないが、夜の道に捨てられてあると、その青貝模様の光が、ほたるのかたまりが落ちているように、ひどく妖美ようび燦々きらきらと見える。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かの時は華美はでから野暮じみへと感染かぶれたが、このたびは、その反対で、野暮の上塗が次第にげてようや木地きじ華美はでに戻る。両人とも顔を合わせれば、ただたわぶれるばかり、落着いて談話はなしなどした事更に無し。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
木地きじ小屋が空いているからといって、そこへ泊めてくれました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
前者を経木きょうぎ細工後者を木地きじ細工と土地では呼んでいる。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私の宅はその頃下谷の松山町にありましたので、其所そこから日本橋の馬喰町ばくろうちょう越中屋えっちゅうやという木地きじ商(象牙の)の家へ仕事に毎日行くんでしてね。
「小さいといっても、六、七すんぐらいで、すこぶる精巧に出来ているのです。わたしも見せて貰いましたが、まったく好く出来ているように思われました。職人たちも感心していました。木地きじは桂だろうということでした。」
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それに材は檜で、只今、出来たばかりのことで、木地きじが白く旭日あさひに輝き、美事でありました。
この木地きじを出してしまう方が好いと思い、それから長い間水にけて置きました。