攀上よじのぼ)” の例文
其の湯気の頼母たのもしいほど、山気さんきは寒く薄いはだとおしたのであつた。午下ひるさがりにふもとから攀上よじのぼつた時は、其の癖あせばんだくらゐだに……
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
少数の人はそこからまた新しい上り坂に取りつきあるいはさらに失脚して再び攀上よじのぼる見込のない深坑に落ちるのであろうが
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女かれすそを高くかかげて、足袋跣足たびはだしで歩いた。何を云うにも暗黒くらがり足下あしもとも判らぬ。つるぎなす岩に踏み懸けては滑りち、攀上よじのぼってはまろび落ちて、手をきずつけ、はぎを痛めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
がけや岩に攀上よじのぼるとき、お六は決って下から手を差伸べ、少し甘い調子で救いを求めます。
ほとんどそのまゝ所持致をり候事故、当山の御厄介に相なり候に付いては、またもやそのかくし場所に困りをり候処、唯今にても当寺表惣門おもてそうもんかたわらに立ちをり候えのきの大木に目をつけ、夜中やちゅう攀上よじのぼ
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其の葉の隙から時々白く、殆ど銀の斑点はんてんの如く光って見える空。地上にも所々倒れた巨木が道を拒んでいる。攀上よじのぼり、垂下り、絡みつき、輪索わなを作る蔦葛つたかずら類の氾濫はんらんふさ状に盛上る蘭類。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
例の不動尊の画像は刀でも差すように、腰へしっかとはさんで、藪の中にある大木へ攀上よじのぼりました。その大木の上から見下ろすと、鈴喜の家の庭から、開け放した間取りまでが手に取るようです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
伸子は大丸を出る時、娘づれの親切な紳士に貰った杖を突いて、手間どって登った。やっと頂上が見えた。その前にもう一つ急な攀上よじのぼりがある。伸子は汗だくだくになって、その手前で立ち止った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
取縋とりすがる松の枝の、海を分けて、種々いろいろの波の調べのかかるのも、人が縋れば根が揺れて、攀上よじのぼったあえぎもまぬに、汗をつめとうする風が絶えぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
するする攀上よじのぼって、長船のキラリとするのを死骸から抜取ると、垂々たらたら血雫ちしずくを逆手にり、山のに腰を掛けたが、はじめてほっと一息つく。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かほどの処を攀上よじのぼるのに、あえて躊躇ちゅうちょするのではなかったが、ふとここまで来て、出足を堰止せきとめられた仔細しさいがある。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三ツばかり谷へ下りては攀上よじのぼり、下りては攀上りした時は、ちと心細くなった。昨夜ゆうべは野宿かと思ったぞ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真紅まっかな椿も、濃い霞に包まれた、おぼろも暗いほどの土塀の一処ひとところに、石垣を攀上よじのぼるかと附着くッついて、……つつじ、藤にはまだ早い、——荒庭の中をのぞいている——かすりの筒袖を着た
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
突出つきだしひさしに額を打たれ、忍返しのびがえしの釘に眼を刺され、かっと血とともに総身そうしんが熱く、たちまち、罪ある蛇になって、攀上よじのぼる石段は、お七が火の見を駆上った思いがして、こうべす太陽は
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すがりついて攀上よじのぼるように、雪の山を、雪の山を、ね、貴方、お月様の御堂をあてに、氷にすべり、雪を抱いて来なすって、伏拝んだ御堂から——もう高低たかひくはありません、一面白妙しろたえなんですから。
環海ビルジング——帯暗白堊はくあ、五階建の、ちょうど、昇って三階目、空にそびえた滑かに巨大なるいわおを、みしと切組んだようで、ぷんと湿りを帯びた階段を、その上へなお攀上よじのぼろうとする廊下であった。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓へ、や、えんこらさ、と攀上よじのぼった若いものがある。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)