ひら)” の例文
手のひらをぽんとたたけば、おのずから降る幾億の富の、ちりの塵の末をめさして、生かして置くのが学者である、文士である、さては教師である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其中に、一円の金貨が六ツか八ツも有升ありましたがお祖父ぢいさまはやがて其ひとつをとりいだして麗々とわたしの手のひらのせくださつた時、矢張冗談じようだんかと思ひました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
そして、左の手はひらを上にして丁度腕の関節の所から現われて、紫色の影の中に黄色い手の色が物凄く浮いていた。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
「おや、左の手のひらに、かなりの傷があるやうだが、昨夜ゆふべお吉とやらと喧嘩をしたとき、血は流さなかつたのか」
黒吉はやっとほっとした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ちえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手のひらに載せて見た。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
両手のひらにがつしりと顔を覆ひ、恐らくは劇しい叫喚をあげながら、倒れるやうに泣き伏した姿が見えた——
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ごらんなさい、私の手のひらは傷だらけぢやありませんか。手を接吻して頂戴。さうすれば屹度なほるわ。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
常子は茶棚からグラスを取らうと、下についた片手のひらに力を入れ、膝の崩れるまで身を斜にねぢり、片手を伸す其姿と横顔とを、白井は内心好い姿勢ポーズだと感心しながら
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
孝太郎はただ何とはなしに片手のひらで額をなでた。それから椅子を下りて、富子と並んで足を投げ出した。そして何時までも黙っている富子を見て、妙に堅くなってしまった。
囚われ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
特に強い印象は、重錘揚じゅうすいあげ選手みたいに畸形きけい的な発達をした上体と、不気味なくらい大きな顔と四ひらで、肩の廻りには団々たる肉塊が、駱駝らくだ背瘤せこぶのように幾つも盛り上っていた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただしこれは物差しで測るとか目で見るとか、手のひらでふれるとかすれば、線の並行せること、豌豆の一つよりないことが容易に知れるゆえ、錯覚のままに誤り信ずるにはいたらぬ。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
手のひらを離して二度ばかりくうを舐めて、その手で自分の顔の上に円を描いてみせた。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
濡紙を取って呼吸を見るとパッタリ息は絶えた様子細引を取って見ると、咽喉頸のどくびに細引でくゝりましたきずが二本付いて居りますから、手のひらで水を付けてはしきりに揉療治を始めました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山は旅舎ホテルから南方にたたなわるもので、近いところから段々奥の方の山になると既に白い雪が降って水晶の結晶群を見るようである。窓の玻璃が僕のつく息で曇るのを、僕は手のひらで拭いた。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
四這よつんばいになって、手のひらでまんべんなくその辺の地面を触って歩き、どんな小さな証拠品も落ちていないことを確めると、鍬をとって、墓穴を元々通り埋め、墓石を立て、新しい土の上には
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お照は右の手首を左の手のひらでぐりぐりと返しながら姉の顔を見て云つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その音は万平の手のひらと同じくらいに大きかった。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
をとこのあつき手のひら
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼女は冷い手のひらを代り/″\わしの口に当てた。わしは何度となくそれを接吻した。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
私は誰がそれをどこから貰って来たかよく知らない。しかし手のひらに載せれば載せられるような小さい恰好かっこうをして、彼がそこいらじゅうい廻っていた当時を、私はまだ記憶している。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
馬鹿ばかだな、苟且かりにも主人しゆじんが呼んだら、なに御用ごようでもりますかと手を突いてふもんだ、チヨツ(舌打したうち)大きな体躯なりで、きたねえ手のあかを手のひらでぐる/\んで出せばくらゐ手柄てがらになる
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
をとこの熱き手のひら
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あの式の個条は君もよく知つてゐる——祓浄式、二つの形式の下に行はれる聖餐式、「改宗者のあぶら」を手のひらに塗る式、それから、僧正と一しよに恭しく、神の前へ犠牲を捧げる式……
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)