怖々こわごわ)” の例文
お通は、疑いぶかく、容易に近づいて来なかったが、城太郎が、頻りといったのであろう、やがて怖々こわごわお杉隠居のほうへ歩いて来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怖々こわごわながら一と足ふみ込んで透かして視ると、そこに転げているのは女であった。猫婆のおまきであった。お初は声をあげて人を呼んだ。
半七捕物帳:12 猫騒動 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と畳を蹴立つる一郎の、出たれば結句厄払ひと、落着き払ふ母の顔、怖々こわごわながら見ぬ振して、妹のそつと袖ひくに、一郎はふと思ひ出し。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
その時、どこをどうしたものか、三人ばかりの真黒い男の子が、怖々こわごわと垣の外から庭の植込の中へ入り込んで来たのを、主膳が認めました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一日に二三回位怖々こわごわながら試しているうちに、どうやら、ウエバーと同じ様になりそうなので、急に驚ろいてめにした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は叢の死骸を見ると、キャッと悲鳴を上げて逃げ出しそうにしたが、父親に引止められ、怖々こわごわ着物のすその方を見て、たちまちそのぬしを鑑定した。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私も、後から怖々こわごわ見に行ったけれども、恰度矢車が暗がりに来た所で——いいえ、それは云わなけりゃ判らないがね。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
サアこうなると、知らない患者のために落ちついて手術の準備をするのと、最愛のひとのために怖々こわごわその準備をするのとは、心持に於て非常な相違があります。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
怖々こわごわやっていた悪い事を、今度は好んでやるようになる。罪悪を楽しむ鬼になる。こうなっては救われない。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
祖母をさすりに毎晩交替でくる、栄良だの栄信だのという小あんまたちまでが、自分たちも見たようにはなすのだった。私たちも怖々こわごわ夜更けに出て見たことがある。
見かけは怖々こわごわしい大坊主であったが、して来た悪事というのも、どちらかというと、愛嬌あいきょうのある方で、もし、図抜けた眼力や、ずぼらな気性なぞが手伝わなかったならば
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々こわごわに遠くの方を通ると、いぬは却って其様子を怪んで、ややもすると吠えつく。余り早いので人通は少し、これには実に弱りました。
少年時代 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
怖々こわごわ、手を近づけて行くと、蝗はそろ/\葉裏へ移り廻って行き、わたくしが思い切って眼をつぶって葉を握ると、露が冷たく掌に握られて蝗は樋の水に斜に落ち込んだまゝ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
次に一角獣現じ国を荒らすことおびただしく国王また縫工してこれを平らげしむ、縫工怖々こわごわに立ち合うと一角驀然まっしぐらに駈け来って角を樹に突っ込んで脱けず、縫工幸いに樹の後に逃れいたが
そして怖々こわごわに、障子を開けて塀越しにのぞくと、そのまま息をらしてしまった。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
ましてその子がのろわしくなくってどうしよう。葉子は単に倉地の心を引いてみたいばかりに怖々こわごわながら心にもない事をいってみたのだった。倉地のかんで捨てるような言葉は葉子を満足させた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アアミンガアドは、怖々こわごわそこらを見廻して、セエラに訊ねました。
おぬい (二人のうしろ姿を見送り、怖々こわごわ手紙を拾う)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
店の者は年寄にそう云われて、怖々こわごわ近づいて来た。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
芳醇ほうじゅんかおりは昼の無念を掻き消し、五臓にみてゆく快感は、再び彼を晴々とさせた。新九郎は怖々こわごわながら、盃の数を重ねて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人を雇うて毎日流れついて来る無数の空罎を怖々こわごわと拾わせ、これを空屋の中へ積込んで、厳重に戸締りをして置いたものだ
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もとのところへ怖々こわごわ帰って来てみると、駕籠はそのまま往来のまん中に置いてあるので、ためしにそっと声をかけると、中じゃあなんにも返事をしねえ。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
怖々こわごわ訊ねると、博士は闇の中でニヤニヤと笑っているらしく、懐中電燈の光で、ソッと天井を指し示した。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の談話には気の弱い女に衝撃ショックを与えるような部分があった。津田から何にも聞いていないお延は、怖々こわごわながらついそこに釣り込まれて大切な時間を度外においた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
矢の倉河岸がし(大川端)に死ににゆこうとしたら、町内の角に木戸口があった時分のことでね、急いでゆく前にぱたんと立ちふさがったものがあるので、怖々こわごわ顔をあげてみたらば
怖々こわごわ強請ゆすりかけているが、以前むかしの浪人とくると、抜き身の槍や薙刀を立て、十人十五人とかたまって、豪農だの、郷士だのの屋敷へ押しかけて行き、多額の金子きんすを、申し受けたものよ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
猜疑さいぎとがった眼は、群集をかき分けて、ふたたび廻廊のかどにあたる所の——自分が殺人を犯した場所へ——怖々こわごわと行ってみた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その橋のところへ来ると、往来の人が怖々こわごわと橋の左側の方ばかりを小さくなって駈けるようにして通るから、与力同心の面々が不思議に思って
まだその上に自分がお祖師様へ参詣の帰り路で、お安の幽霊らしい若い娘と道連れになったことまで怖々こわごわとささやくと、常吉はいよいよ熱心に耳をかたむけていた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は水際みずぎわまで降りて行って、岸に漂いついている死体を、怖々こわごわ足でグッと押して見た。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、紙帳とか蚊帳かやとかを見れば釣りたくなり、布団を見れば敷いてみたくなるのが女心で、栞も、その心にとらえられ、立ち去るどころか、怖々こわごわではあったが、あべこべに紙帳へ近寄った。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「? ……」十八公麿はふりかえって、じいっと、厩牢うまやろうの中にみえる人間の影をふしぎそうに見つめていたが、やがて、怖々こわごわと寄って行って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法螺の貝のもとに集まった連中は、直ちに川原へ駆けつけて、怖々こわごわとそれを遠巻きにして取詰めて行くあんばいで、とみには取押えようとはしません。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怖々こわごわすかして見ると、ボンヤリと、妙な所に、妙なものが突立っていることが分った。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お岩かかさねにでも執着とりつかれたような心持で、わたくしは怖々こわごわながら付いて行くと、女はすすり泣きをしながら、どうで一度は知れるに決まっていると覚悟はしていたが、さてこうなると悲しい
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
粂太はその袖を背後うしろから怖々こわごわながらそっと引いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まもなく、見物席の背後から隠れるようにして、正面東側、そこに御簾をかけた一列の桟敷の後ろへ来て、お梅は怖々こわごわとその一端をのぞいて見ました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし、怖々こわごわ食べているのでは真味が舌の細胞へゆき届く筈はないから、河豚はやはり四、五度ぐらい食べてみないと味はわからないものと云えよう。
河豚 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妖犬の捨てて行った一物に近より、怖々こわごわ覗き込みながら大宅が判断した。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人の駕籠屋は怖々こわごわながら棒に肩を入れました。どのみち、進むか退くかせねばならぬ運命を、ぼんやり立っているのはなお怖いような心持がする。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
率八はホウホウのていで、腰や懐をなでながら怖々こわごわとあたりを見廻し、何か落とし物に未練を残しておりましたが、万太郎の眼がジッと向いているので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上封うわふうを見ただけで一目でそれと分る様になっているので、彼女はそれを受取ると何とも云えぬいやあな心持になったが、でも、開けて見ないでは、一層不安なので、怖々こわごわ封を切って読んで見た。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、叱られて、権太夫は怖々こわごわさかずきをうけ取って、懐紙をもってそれをぬぐい、またおそるおそる御返盃申し上げる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
要領を得て、怖々こわごわながら、屑屋の老爺おやじが立ちかけたが、またぺたりと腰を落し、ワナワナとふるえ出して
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怖々こわごわ手に取って見ると、今日のは昨日のよりも一層簡単に、ただ二字
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二間ばかりの小川の丸木橋を、あやつりのお染のように、怖々こわごわと木履で越えて来る娘らしさは、前の夜の男装覆面の彼女とはどうしても同一人とは思われません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怖々こわごわこの桟敷の一端を覗いて見ると、幸いに、そこは八人詰ほどの仕切られた席が残らずあいていましたから、そっと入って、片隅に身を寄せ、手すりに軽くひじを置いて
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は怖々こわごわそれを云って見た。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
怖々こわごわと、彼はその驚きの眼を水面から向う側の木蔭へ上げてみた。こんどはほんとに仰天したのだった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで金助は怖々こわごわと引返して、二階を見上げ
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)