大樹たいじゅ)” の例文
丘福は謀画ぼうかくの才張玉に及ばずといえども、樸直ぼくちょく猛勇、深く敵陣に入りて敢戦死闘し、たたかい終って功を献ずるや必ず人におくる。いにしえ大樹たいじゅ将軍の風あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると、大入道のような大樹たいじゅがムクムクとしげっているやみの中を、大小二つの人影が、物ののように走りさっていくのがながめられました。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ひらりと、宮のえんから飛びおりるがはやいか、湖畔こはんにそびえているもみ大樹たいじゅへ、するするすると、りすの木のぼり、これは、竹童ならではできない芸当げいとう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これが加茂かももりだ」と主人が云う。「加茂の森がわれわれの庭だ」と居士こじが云う。大樹たいじゅぐって、ぎゃくに戻ると玄関にが見える。なるほど家があるなと気がついた。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天下こぞって誅戮ちゅうりくを加うべきはずに候えども、大樹たいじゅ(家茂)においてはいまだ若年じゃくねんの儀にて、諸事奸吏どもの腹中よりで候おもむき相聞こえ、格別寛大の沙汰さたをもって
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
登山してから三日目の夕刻、一同はある大樹たいじゅの下にたむろして夕飯ゆうめしく。で、もうい頃と一人が釜のふたを明けると、濛々もうもうあが湯気ゆげの白きなかから、真蒼まっさおな人間の首がぬツと出た。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
与吉は天日をおおう、葉の茂った五抱いつかかえもあろうという幹に注連縄しめなわを張った樟の大樹たいじゅの根に、あたかも山のと思うところに、しッきりなく降りかかるみどりの葉の中に、落ちて落ち重なる葉の上に
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄暗いほどに茂った大樹たいじゅの蔭に憩いながら明るくない心持の沈黙を続けていると、ヒーッ、頭の上から名を知らぬとりが意味の分らぬ歌を投げ落したりした。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小文治は敵を串刺くしざしにして、大樹たいじゅの幹につき立ったやりをひき抜き、穂先ほさきこぼれをちょっとあらためてみた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
関東の事情切迫につき、英艦防禦ぼうぎょのため大樹たいじゅ(家茂のこと)帰府の儀、もっとものわけがらに候えども、京都ならびに近海の守備警衛は大樹において自ら指揮これあるべくそうろう
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
四抱よかかえ五抱いつかかえもある大樹たいじゅの幾本となく提灯ちょうちんの火にうつる鼻先で、ぴたりと留まった。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜が明けてから彼の来たらしい方角をたずねると、東の空き地に高さ百余尺の柳の大樹たいじゅがあって、ひと筋の矢がその幹に立っていたので、いわゆる柳将軍の正体はこれであることが判った。
画工 俺が入る、待て、(を取つて大樹たいじゅの幹によせかく)さあ、いか。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一どたおれた蛾次郎がじろう本能的ほんのうてきにはねかえって、起きるが早いか、そばの大樹たいじゅへ、無我夢中むがむちゅうによじのぼった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋詰はしづめの、あの大樹たいじゅの柳の枝のすらすらと浅翠あさみどりした下を通ると、樹の根に一枚、毛氈もうせんを敷いて、四隅を美しい河原の石でおさえてあった。雛市ひないちが立つらしい、が、絵合えあわせの貝一つ、たれもおらぬ。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先生と話していた私は、ふと先生がわざわざ注意してくれた銀杏いちょう大樹たいじゅの前におもい浮かべた。勘定してみると、先生が毎月例まいげつれいとして墓参に行く日が、それからちょうど三日目に当っていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蝦蟆がますなわち牛矣うしきのこすなわち其人也そのひとなり古釣瓶ふるつるべには、そのえんじゅ枝葉しようをしたゝり、みきを絞り、根にそそいで、大樹たいじゅ津液しずくが、づたふ雨の如く、片濁かたにごりしつつなかば澄んで、ひた/\とたたへて居た。あぶらすなわちこれであつた。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)