夕暗ゆうやみ)” の例文
「なに、佐々木殿が見えたと」つかつかと彼は玄関へ出てきたのである、そしてほの明るい夕暗ゆうやみ軒端のきばに、その人の影を透かして見て
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ベタニヤへの帰途オリブ山に坐したイエスは、夕暗ゆうやみにつつまれゆく宮を瞰下みおろしながら、無量の感慨にふけってい給いました。
場内は一寸ちょっと居ないに著しく暗くなって夕暗ゆうやみのような色を漂わしている。これは太陽が雲に隠れたためで、見物は水を打ったように静かだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夏の永い日ざしもはや傾いて、外はもう夕暗ゆうやみであった。上野の山内は白く浮いて出る浴衣がけの涼みの男女の幾群かが、そぞろ歩きをして居た。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ト、舞台は車軸を流すような豪雨となり、折から山中の夕暗ゆうやみ、だんまり模様よろしくあって引っぱり、九女八役くめはちやくは、花道七三しちさんこもをかぶって丸くなる。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
夕暗ゆうやみの中へボンヤリと投げかけている以外には、大きくカーブしている高い石塀の蔭になって、まるで呑まれたようにポストの影は見えないではないか!
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それはシャボン玉を夕暗ゆうやみの中にすかしてみたように、全体がすきとおり、そして輪廓りんかくだけがやっと見えるか見えないかのものであり、形は海坊主うみぼうずのように
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
水辺まで駈け付けてみると百メートルばかり漕ぎ去ったかの男は、四辺あたりを包む夕暗ゆうやみの中で、帽子を振っておる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
夕暗ゆうやみの立ちこめた町の小路で、ふと行きりの美女に呼び留められて、入り込んだやしきの中が眼のめるような宮殿で、山海の珍味でもてなされたような物語が、よく出てきます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ガランとした本堂にはもう夕暗ゆうやみが迫って、赤茶けた畳の目も見えない程になっていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白粉おしろいを濃くはいた顔が夕暗ゆうやみに浮かんで見えた。さっきの団扇うちわを一つずつ持っている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
大名行列じゃあるまいし、いくら夕暗ゆうやみでも、長柄の槍は持って歩けるはずはない。
そして夕暗ゆうやみの中に、家の鎧戸がすっかりおろされているのを見た。僕たちは玄関にとびついた。友達の顔は心配で緊張していた。と、その時、玄関の中から、黒い服を着た紳士が出て来た。
暮れなやむ初夏の宵の夕暗ゆうやみに、今点火したばかりの、まぶしいような頭光ヘッドライトを輝かしながら、青山の葬場で一度見たことのある青色大型の自動車は、軽い爆音を立てながら、玄関へ横付になった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
(とき、とき、おって。)老人はさけんだ。家のなかはしんとしてだれ返事へんじをしなかった。けれども富沢とみざわはその夕暗ゆうやみ沈黙ちんもくおくで誰かがじっといきをこらしてき耳をたてているのをかんじた。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
狂犬の口をおおうあわのようなおそろしい波浪と、この夕暗ゆうやみとに、あの船はのまれてしまうんだ。彼は自分が二度も沈没に際会した時の事を思い浮かべては、その難破船に射込むような目を投げていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
やがて池の底から金玉燦然さんぜんたる王冠を釣上げてニコニコしていると、その背後うしろ夕暗ゆうやみにノッソリと立寄った者が在る。
書けない探偵小説 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
壁ぎわであったのでささえることが出来た。それに何よりもよかったのは夕暗ゆうやみへやのなかにはびこっていたので、誰にも私の顔の色の動いたのは知れなかった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし折も折、この夕暗ゆうやみどきに人も通らぬ石垣裏の蕗の葉の下に寝ているとは、たしかに怪しい人物に違いなかった。追いついて、組打ちをやるばかりである。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
野村は夕暗ゆうやみの迫って来る、庭をじっと見つめながら、父がこの書類を殊更に遺して行った意味を考えた。
東の空にはけれどもここばかりは拗者すねくれものの本性を現わした箱根山が、どこから吹き寄せたか薄霧の枕屏風を立てこめて、黒い姿を隠したまま夕暗ゆうやみの中へ陥ちこんで行く。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
日を失った街上には早や夕暗ゆうやみが迫っていた。そんななかで人びとはなにか活気づけられて見えた。歩きながら大槻は社会主義の運動やそれに携わっている若い人達のことを行一に話した。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
が、その時、ツト立上った私は、今まで背中を向けていた丘の上に、何かのはいを感じて、何気なく振り向くと、そこには、夕暗ゆうやみの空を背景にして、木像の様に一人の女がつっ立っていたのである。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あとでカン蛙はうでを組んで考えました。桔梗色ききょういろ夕暗ゆうやみの中です。
蛙のゴム靴 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その証拠には、隣組の人たちはもう誰も発言せず、夕暗ゆうやみの迫る中にじっと塑像そぞうのように立ちつくしていた。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこで夕暗ゆうやみに紛れて本町一丁目の魚市場の蔭に舟を寄せると、吾輩の麦稈帽むぎわらぼう眉深まぶかに冠せた友吉の屍体を、西洋手拭で頬冠りした吾輩の背中に帯でくくり付けた。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夕暗ゆうやみに眼鏡ばかりが、白っぽく光って見える。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから彼女はシッカリと畳まっている左右の羽根を生れて初めて、夕暗ゆうやみの中でユルユルと拡げてみた。
髪切虫 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ここ捜査課はいつもとちがい、この日は電灯をつける事が厳禁されていたので、夕暗ゆうやみは遠慮なく書類机のかげに、それから鉄筋コンクリートを包んだ白い壁の上に広がっていった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
窓の外を覗くと、往来には夕暗ゆうやみの色がほのかに漂いめている。向家むかいの瓦屋根の上を行く茶色の雲に反映する光りを見ると、太陽は殆んど地平線下に沈みかけているようである。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが生憎あいにくと、太陽はもう西の地平線に落ちかかっていた。森に近づくに従って、夕暗ゆうやみは次第に濃くなった。そしてなんとなくゾクゾクするような冷気が、森の方から流れてくるような気がした。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
玄関の夕暗ゆうやみの中をズウーッと遠くの門前の国道まで白砂をいて掃き清めてある。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夕暗ゆうやみの町伝いを小急ぎに郊外へ出て、天神の森の方へ歩いて行かれました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)