出仕しゅっし)” の例文
その父は、しかも、とかく官途をきらって、鳥羽の院へも、御所の衛府えふへも、特に、召されでもしない限りは、出仕しゅっししたためしがない。
乳母うばの六条のひざにのって、いつも院の御所ごしょ出仕しゅっしする時と同じように、何もしらないで片言かたことを言ってわしに話しかけていました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
役部屋にいるとのぞきに来る者がある。御殿の出仕しゅっしにも退出にも、歩いていると通りすがりの者が、すれちがいざま同伴者に
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
松村は相当に学問もあり、殊に蘭学が出来たので、外国掛がいこくがかりの方へ出仕しゅっしして、ちょっと羽振りの好い方であった。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これよりき四年十月朔に、抽斎は月並つきなみ出仕しゅっし仰附おおせつけられ、五年二月二十八日に、御番ごばん見習みならい表医者おもていしゃ仰附けられ、即日見習の席に着き、三月朔に本番にった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おなじくお帳番ちょうばんのひとりとして、出仕しゅっしして間もない若侍わかざむらいである。かみしもの肩先が細かく震えているのは、武士らしくもない、泣いてでもいるのか、喬之助は顔も上げ得ない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いつまでも出仕しゅっしの支度をぐずぐずしていると、再び使いの者が来て、お待ち兼ねのようですからどうぞ早く入らしって下さいませ、としきりに催促しているらしかった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その年の八月一日、徳川幕府では、所謂いわゆる八朔はっさくの儀式を行う日に、修理は病後初めての出仕しゅっしをした。そうして、そのついでに、当時西丸にしまるにいた、若年寄の板倉佐渡守を訪うて、帰宅した。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
火鉢に炭火を分け入れていた小使のおやじが驚いたほどに、てか/\靴墨で黒光する長靴を短い脚に穿いて、彼は廊下を足音高く歩いた。そして朝の早い校長の出仕しゅっしを待つのであった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
御家来しゅうがみな備前どのゝ御器量をおしたい申して、てゝごの方へは出仕しゅっしするものもないようになりましたので、ひさまさ公もよんどころなく家督をびぜんどのへおゆずりになりまして
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玄斎は維新前駒場こまばにあった徳川幕府の薬園に務めていた本草ほんぞうの学者で、著述もあり、専門家の間には名を知られていたので、維新後しばしば出仕しゅっしを勧められたが節義を守ってこの村荘そんそうに余生を送った。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「決断所の寄人よりゅうどでもありながら、田舎にのみひき籠って、めったに出仕しゅっしもせぬと聞く正成が、めずらしくも出てきたとみえるな。通しておけ」
謁見即ち目見めみえは抽斎が弘前の士人として受けた礼遇のはじめで、これから月並つきなみ出仕しゅっしを命ぜられるまでには七年立ち、番入ばんいりを命ぜられ、家督相続をするまでには八年立っている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
定刻ていこく出仕しゅっしして定刻に下城げじょうし、その間は、仕事をしているごとく見せかけて、要領よくブラブラしていさえすれア、大した失態しったいのない限り、まずお役御免なんてことはない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
成経 母は父の安否あんぴばかり心配して泣いていました。そしてなぜわしがかかる恐ろしいことをくわだてたかをかきくどきました。父はその朝院に出仕しゅっしする途中をとらえられたのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「さし出がましいが、おゆるしによって、道誉もおかこいの給仕人きゅうじびととして折々、樗門おうちもん出仕しゅっしいたしますゆえ、おふくみおきを」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風邪の大熱できのうから薬餌やくじにしたしんではおれどほかならぬお召、また道誉一代のほまれであることゆえ、すぐ出仕しゅっしいたしまする、という答え。
時めくとうノ中将殿であるからだ。おそらくその唐突とうとつ出仕しゅっしに殿上でもまた同じような怪しみと静かな驚きの渦紋かもんがよび起されていたことであったろう。
と、あれから間もなく、院へも、出仕しゅっしし始めている。そして、父子ともに、近ごろはまったく別人のように、からっと明るくなって、人びとにしていた。
追々と藤吉郎の出仕しゅっしぶりが村にも知れ、またこんどはしかるべき武家の娘と結婚し、しかもそのお媒人なこうどが信長様のお従兄弟いとこにあたる人と聞えたので、村中の者の見る眼が
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけて千種忠顕は早々に出仕しゅっしして、上卿の面々とともに中殿ちゅうでん御座ぎょざへまかり出ていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
門徒方の僧へもらすおそれがあると殿へ告げたものは、たしかに光秀であると、弟の坊丸からも、ほかの側衆そばしゅうからも聞いていましたので、きのうは、惟任どのが出仕しゅっしされたのを幸いに
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事実、師直は、天龍寺落慶らっけいの翌年の夏、二ヵ月ほど寝こんで出仕しゅっしも欠いた。病名は“蚊触かぶれ”だとある。蚊触とはつまり発疹はっしんのことらしい。「園太暦えんたいりゃく」では瘡疾そうしつかかったのだと書いている。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その章房は、出過ぎ者となった身の不首尾をさとって、以後は出仕しゅっしもせず、引き籠っている風だが、まま清水寺きよみずでらの社参には詣るよし。いや狙えば、いくらでもうかがう機会はあろう。首尾よくせよ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠盛が、あんなにも長い年月、ろくに出仕しゅっしもせず、お召しのほかは、節会せちえや式日の参向さんこうすら怠って来ながら、このごろやっと、久びさな勤務についても、上皇は、以前どおりな寵遇ちょうぐうをかれに示された。
年暮くれから出仕しゅっしを欠いている彼へ、柳営の高時からは
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「すててはおけぬ。わしも明日から柳営へ出仕しゅっしする」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出仕しゅっしの日々も無事に、また一年近い月日がたった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「即刻、出仕しゅっしせよ」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
室町家兵法所出仕しゅっし
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正成まさしげ出仕しゅっし
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)