偃松はいまつ)” の例文
偃松はいまつがあり、残雪があり、お花畑があり、清い水の流れは石原に湛えて幾つかの小池となり、あしたには雲を浮べゆうべには星を宿している。
南北アルプス通説 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
穴のなかに敷いてある偃松はいまつの枯葉の上に横になって岩のひさしの間から前穂高まえほたかの頂や屏風岩びょうぶいわのグラートとカールの大きな雪面とを眺めることが出来る。
お雪は、焼野原に替うるにお花畑を以てしようか、雲の海を以てしようか、偃松はいまつを以てしようか、雪渓を以てしようか、その苦吟をはじめたらしい。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
田の原の宿を出たのは朝の四時、強力ごうりきともして行く松明たいまつの火で、偃松はいまつの中を登って行く。霧が濛々もうもうとして襲って来る。風が出て来た、なかなかにはげしい。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
峠の茶屋とか、「雲雀ひばりより上に」の俳句なんぞを考えて来る人は吃驚びっくりして了う。偃松はいまつと赤土と岩ばかりである。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
荒川の峡谷を脚の下にながら偃松はいまつの石原を行く、人夫たちは遥におくれて、私たち四人が先鋒になって登る。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
久しぶりに登山服を取り出して、いつの夜営の記念だろう、偃松はいまつけむりの染み込んだのを頬にあてると、遠のいていた華やかな日を呼び帰したように生き生きする。
路が偃松はいまつの中へはいると、歩くたびに湿っぽい鈍い重い音ががさりがさりとする。ふいにギャアという声がした。おやと思うと案内者が「雷鳥です」と言った。形は見えない。
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
淙々そうそうたる渓流の響。闊葉樹林。駒鳥の声。雪渓。偃松はいまつ。高山植物を点綴した草野。そして辿たどり着いた尾根上の展望。三人はここにルックを投げだしてしばらく楽しい憩いを続けるであろう。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
大山——僅か五六五二尺の山だが、偃松はいまつがあるのと眺望の雄大なのに驚いた。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
太い枯木と偃松はいまつとの積み重ねは、煙りながらも赤黒い炎を吐き立てている。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
なたの外には、何も利器を持たずして、単身熊の巣窟に入り、険を踏み、危を冒して、偃松はいまつの中に眠り、大雪山は言うに及ばず、化雲かうん岳を窮め、忠別ちゅうべつ岳を窮め、戸村牛トムラウシ岳を窮め、石狩いしかり岳を窮め
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
池のまわりのツガザクラ、偃松はいまつは、濃き緑を水面に浮べている。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
谷が愈々いよいよ急になってその中が通れなくなると、右に切れて短い偃松はいまつの間を魚貫ぎょかんして登った。登ってついに広やかな高原のような尾根の上に出た。
誰が天幕を張ったか、草を刈ったか、偃松はいまつの枯枝をひろったか分らぬ内に、チャンと今宵の宿が出来上った。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
その薄ッペラの崖壁にも、信濃金梅しなのきんばいや、黒百合や、ミヤマオダマキや、白山一華はくさんいちげの花が、刺繍をされた浮紋うきもんのように、美しく咲いている、偃松はいまつなどに捉まって、やっと登ったが
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
少し進んで行くと、偃松はいまつの間から、のそのそと一羽の鳥が出て来る。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さいわい、近くには偃松はいまつ、半丁余で水も得られる。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
左を登りしも水なきをもって、更に右渓を探りて水を得。偃松はいまつ現わる。五時三十分、山の中腹急峻なる草原の斜面に露営。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一度、偃松はいまつのカウチに横たわったことのある人は、一生その快さを忘れぬであろう。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
花がひらくのと同じで、万象の色が真の瞬間に改まる、槍と穂高と、兀々ごつごつした巉岩ざんがんが、先ず浄い天火に洗われてかたちを改めた、自分の踏んでいる脚の下の石楠花しゃくなげ偃松はいまつや、白樺のおさないのが
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
手に当る枝を力に起き上ると、生々しい松脂の香がぷーんと鼻を襲うて来る。怪んでよく見ると紛う方なき偃松はいまつの枝である。私は小躍りして喜んだ。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
足許は偃松はいまつ大蜿おおうねりで、雲は方々の谷から、しきりに立ち登る、太古の雲が、初めて山の肌に触れたのは、この辺からではあるまいか、そうして執念深く、今もなおあの山に、つきまとって
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
前の日に別山べっさんの頂上から双眼鏡で眺めて、「あの偃松はいまつそばを登ってから如何するんだろう、彼処までは登れるがなあ」
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私たち四人——人夫を合せて八人——偃松はいまつ榾火ほだびに寒さを凌いで寝た。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それからは楽な登りを続けていつか三角点を過ぎ、木立を抜け出ると偃松はいまつの散生した草原に、黄金色の信濃金梅しなのきんばいや純白な白山一華はくさんいちげ、夫等に交って大桜草
友人辻本工学士に拠ると信濃越中の国境に聳えている祖父じいヶ岳は、「種蒔き爺さん」がざるを持った具合に現われるので、山腹雪解の頃、偃松はいまつが先ずその形にひろがって、出るのではないかという話である
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それで頂上の東寄りの岩の原が尽きた辺から、ひく偃松はいまつの中を下り始めたが路らしいものはない。偃松の丈は次第に高く、枝が張り出して動きがとれなくなる。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
頂上は短い偃松はいまつの外は一面の草地である、しかし絶頂に近付くに従って、岩石を露出する所が多い。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
偃松はいまつの途切れた間や、短矮たんわい唐檜とうひ白檜しらべのまばらに散生している窪地や斜面に、や広い草原が展開して、兎菊うさぎぎく信濃金梅しなのきんばい丸葉岳蕗まるばだけぶき、車百合などが黄に紅に乱れ咲き
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
夫から左に一の窪を伝って、岳樺だけかんばの疎らに生えている恐ろしい急傾斜を二十間も登ると偃松はいまつが現われ、傾斜も少しく緩くなって、やっと安心の胸を撫で下ろすことが出来た。
八ヶ峰の断裂 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
頂上の北側には白檜しらべの若木に雑って偃松はいまつが生えていた。石楠はもう寒そうに葉を縮めている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
九合目あたりの冴えた緑は若草の色かと想像した、けれどもそれは雨に洗われた偃松はいまつであったろう。何にしても男らしい山だ。私は思わず飛び上ってあれは何山だろうと叫んだ。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
緑の偃松はいまつを綴って高根薔薇たかねばらの紅い花が、万緑叢中の紅一点どころか千点といいたい程に咲いているのは、むしろ稀にしか見られない眺めである。北アルプスの雪倉岳がそうであった。
山の魅力 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかし朝日岳の西北に在る熊見曾根くまみそねの尖峰からは路はずっと楽になる。熊見曾根を北に下ったや広い鞍部は、大倉場おおくらっぱ又の名は清水平で、偃松はいまつに囲まれた湿地に水を湛えている、田代池という。
蒼黒い偃松はいまつの叢立を島のように取り巻いた鮮緑の草原を飾る白山小桜はくさんこざくら小岩鏡こいわかがみの紅と、珍車ちんぐるま白山一華はくさんいちげの白と、千島桔梗ちしまぎきょう虫取菫むしとりすみれの紫とは、群落をなした多くの花の中でも特に目立って美しい。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
頂上は平で偃松はいまつがなく、敷きならしたような一面の小石である。中央に一段高く石を積み重ね、其の上に標石が建ててあった。高さは二千五百三十四米で、ぐ南にある光岳より五十七米低い。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
二千三百米を超ゆることわずかに十七米六、七千六百尺の山は決して高いと威張る訳にはいかぬ。しか其位そのくらいの高さの山で、偃松はいまつが生えていたならば、仮令たとえ信越地方に在っても珍らしいに相違ない。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
多量の万年雪にことごとく其岩屑を運び去られた柱や壁や屋根は、偃松はいまつ其他の高山植物が青苔の蒸したように生えて、四近に溢るるくろい色は、この大伽藍に何ともいえぬおちついた重みのある感じを与える。
越中劒岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)