会釈ゑしやく)” の例文
旧字:會釋
やゝ上気した頬の赭味あかみのために剃つた眉のあとが殊にあをく見える細君はかう云ひ乍ら羞ぢらひげに微笑ほゝゑんだ会釈ゑしやくを客の裕佐の方へなげ
彼の女はその軽快な薄い唇に「……ルシムラ……」と云ふ風な、私には意味の分らぬ呟きをのぼしつつ、私へ向つても会釈ゑしやくした。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
だからこの私窩子しくわしのやうな女が会釈ゑしやくをした時、おれは相手をいやしむより先に、こちらも眼で笑ひながら、黙礼を返さずにはゐられなかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
力の無い謦欬せきの声が奥の方で聞えた。急にお志保は耳を澄して心配さうに聞いて居たが、やがて一寸会釈ゑしやくして奥の方へ行つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
田端たばた停車ていしやしたときその立上たちあがつて、夕靄ゆうもやにぽつとつゝまれた、あめなかなるまちはうむかつて、一寸ちよつと会釈ゑしやくした。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
自分たちはよろけながら、滑りさうになる夜の坂道を帰つた。二人とも一言も云はなかつた。五条坂へ下りて軽く会釈ゑしやくすると別れたのだ。自分は数日ついた。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
「好いお天気でございます。」と声をかけつゝ牛乳屋の主婦おかみさんが頭を下げた。道助はちよつと会釈ゑしやくをしてゆき過ぎた、「あの人の鼻はどうしてあんなに大きいのだ!」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
赤彦君は新来の客には一々丁寧に会釈ゑしやくをし、をかしい時には俯伏した儘笑つた。それから、『若い連中も来てゐるから会つて呉れないか』といふと赤彦君はただ点頭いた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼等は出会ふときには、会釈ゑしやくをするやうに、或は噂をし合ふやうに、或は言伝ことづてを託して居るやうに両方から立停つて頭をつき合せて居る。これはよくある蟻の転宅であつた。
「コーンニチワ……。」と露助は嘉吉を振り向きさま頓狂とんきやうな声を出した。そして人の好い無邪気な笑顔で丸田にも会釈ゑしやくした。嘉吉はポケットから細長の紙函かみばこを二個取り出してやつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
それが又自分がたづねると、いつも笑ひながら丁寧に会釈ゑしやくるのが常であつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼は例の荒い皺を、あの晩のやうに深くけはしくはなく、ゆるめて、そのために一層老人臭い顔になりながら会釈ゑしやくをした。そして、一度は手にできた皮膚病を診てもらひに房一のところに来さへした。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
千島ちしま事抔ことなどうはさしあへるを耳にしては、それあれかうと話してきかせたく鼻はうごめきぬ、洋杖ステツキにて足をかれし其人そのひとにまで、此方こなたよりゑみを作りて会釈ゑしやくしたり、何処いづくとさしてあゆみたるにあらず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
二人は会釈ゑしやくして玄関の突き当りで右と左とに別れた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「聞いてくれたまへ」と会釈ゑしやくして
それから毎日夕方になると、必ず混血児あひのこの女は向うの窓の前へ立つて、下品な嬌態けうたいをつくりながら、慇懃いんぎんにおれへ会釈ゑしやくをする。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
銀之助は一寸高柳に会釈ゑしやくして、別に左様さう主客の様子を気に留めるでもなく、何か用事でも有るのだらう位に、例の早合点から独り定めに定めて
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それから、時折房一の視線を捕へて会釈ゑしやくしようとしたが、遠くて駄目だつた。庄谷は逸早く房一の席に気がついたらしい、が、その殆ど白味ばかりのやうな細い眼にちらりと微笑を浮べたきりだつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
急に答はずに丁寧に会釈ゑしやくしてから
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
先生は、愛想よく、会釈ゑしやくした。かう云へば、逢つた事があるのなら、向うで云ひ出すだらうと思つたからである。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
穢多の中でも卑賤いやしい身分のものと見え、其処に立つて居る丑松を同じ種族やからとは夢にも知らないで、妙に人をはゞかるやうな様子して、一寸会釈ゑしやくし乍ら側を通りぬけた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
が、彼女がその仲間へはひるや否や、見知らない仏蘭西フランスの海軍将校が、何処からか静に歩み寄つた。さうして両腕を垂れた儘、叮嚀に日本風の会釈ゑしやくをした。
舞踏会 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
葦原醜男は彼の言葉に、嬉しさうな会釈ゑしやくを返したが、それでもまだ何となく、間の悪げな気色けしきは隠せなかつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夕方になると、又向うの家の二階の窓には、絹のキモノを着た女が現れて、下品な嬌態けうたいをつくりながら、慇懃いんぎんにおれへ会釈ゑしやくをする。が、おれはもうその会釈には答へない。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一同に軽く会釈ゑしやくをして、芭蕉の枕もとへすりよつたが、そこに横はつてゐた老俳諧師の病みほうけた顔を眺めると、或満足と悔恨との不思議に錯雑した心もちを、嫌でも味はなければならなかつた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
素戔嗚はうやうやしい若者の会釈ゑしやくを受けながら
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)