丁字ちょうじ)” の例文
行灯あんどん丁字ちょうじが溜まって、ジ、ジと瞬きますが、三人の大の男は瞬きも忘れて、互の顔を、二本の徳利を、うつろな眼で見廻すのです。
「このH通りの突あたりは丁字ちょうじ形の横通りになっていますね。そこ迄に幾つ横町があるでしょう。」泉原は相手を振返っていった。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
神田の丁字ちょうじ風呂で、市十郎に置き去りを食わせて以来の対面である。だが大亀は、そんな友情の前科にテレてるような男ではない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人は丁字ちょうじ屋の小照といい、一人は浜田屋のやっこだと聞いていた。小照は後に伊井蓉峰いいようほうの細君となったおていさんで、奴は川上のおさださんであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
切り燈台の火は、花のような丁字ちょうじをむすびながら、あかる螺鈿らでんの経机を照らしている。耳にはいるのは几帳きちょうの向うに横になっている和泉式部いずみしきぶの寝息であろう。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
コーヒー、丁字ちょうじ、胡椒、カカオなどの植物も盛んに繁茂して花が咲き実が実り、その他花の美麗な、また葉の美観な観賞草木を室内に充満する程栽え渡し
宰相中将は少し父よりは濃い直衣に、下は丁字ちょうじ染めのこげるほどにも薫物たきものの香をませた物や、白やを重ねて着ているのが、顔をことさら引き立てているように見えた。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
燭台の皿へ、丁字ちょうじが立ったらしく、燈火ひのひかりが暗くなった。それを一人が、箸を返して除去った。明るくなった燈に照らされ、床の間に置いてある矢筒の矢羽根が、雪のように白く見えた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また少々慾張よくばって、米俵だの、丁字ちょうじだの、そうした形の落雁らくがんを出す。一枚ひとつずつ、女の名が書いてある。場所として最も近い東のくるわのおもだった芸妓げいしゃ連が引札ひきふだがわりに寄進につくのだそうで。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むかしどおりの布袋竹ほていちく丁字ちょうじの葉むらが、そよそよと風にそよいでいる。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
行燈は前の障子が開けてあり、丁字ちょうじを結んで油煙が黒くッている。ふたを開けた硯箱すずりばこの傍には、端を引き裂いた半切はんきれが転がり、手箪笥の抽匣ひきだしを二段斜めに重ねて、唐紙のすみのところへ押しつけてある。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
あぶ落ちてもがけば丁字ちょうじ香るなり
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
燈火ともしびを嫌う妖精のように、離れへ行燈あんどんが運ばれると、その明りのはいる先に、丁字ちょうじ風呂の裏門をスウと帰ってゆくのはお蝶です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
備わるが上の薫香くんこうをたきしめて来たのであったから、あまりにも高いにおいがあたりに散り、常に使っている丁字ちょうじ染めの扇が知らず知らず立てる香などさえ美しい感じを覚えさせた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほのおの先が青くなって、光がだんだん薄れて来る。と思うと、丁字ちょうじのまわりがすすのたまったように黒み出して、追々に火の形が糸ほどに細ってしまう。阿闍梨は、気にして二三度燈心をかき立てた。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
範綱のりつなは、すこし疲れた筆をおいて、しょく丁字ちょうじった。どこからか入る濡れた風には若葉のにおいがして、この雨上りの後に来る初夏が思われる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思いのほか相手が曲者くせものとすると、或は、こっちの空気を早く察しながら、襷股立たすきももだちの身こしらえまで十分にしておいて、わざと燈心の丁字ちょうじらずに
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たった一つ、消し残された行燈あんどん燈芯皿とうしんざらにも丁字ちょうじかすんで、軒ばの夜露が、雨だれのように淋しく夜を刻んでいる。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取り出した刀を、また一腰一腰、元のとおりに納めて、千蛾は燈芯剪とうしんきりを取って行燈あんどん丁字ちょうじをつまみました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汁講しるこうの夜とはいえ、すこし余談にわたりすぎた嫌いがある。もとの座しきにかえって、雪乃やお蕗などのすがたも見、ややけ白けたしょく丁字ちょうじるとしよう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
闇が、くわえ込むように、小袖はすすすと、丁字ちょうじの葉蔭へ、うごいて行った。——内儀は、さっきから、見まいとしているそこの物に、また、慄然りつぜんとして、唾をのんだ。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、すばやく小柄こづかをもって、丁字ちょうじの根を、掘りかえして、生首くびけてしまったのだった。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毎日はんで押したようにつづきましたが、丁字ちょうじ風呂の二階に、ぽッと春の灯が橙色だいだいいろにともるころになりますと、お蝶も、日本左衛門も、期せずしてえいのさめたようなひとみに変り
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
短檠たんけい丁字ちょうじって、範宴が、ふたたび、机の上の白氏文集へ眼をさらしはじめると
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも拝領はいりょうしたその刀は、武田家伝来たけだけでんらいの名刀般若丸はんにゃまる尺七、八寸の丁字ちょうじみだれ、抜くにも手ごろ、斬るにも自在な按配あんばい、かの泣き虫蛾次郎がじろうがじまんする、あけびづるをまいた山刀などとは
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜気ひんやりとしてきたこく過ぎ、更け沈んだ離室はなれの灯は、丁字ちょうじに仄暗く、ばさと散ったの翼から、粉々と白いものが新九郎の顔に降った——と、魔魅あやかしのすり抜けてくるよりも密やかに、橋廊下を
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒髪と、やわ肌の、れた丁字ちょうじのような異性のにおいがする。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁字ちょうじる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よい丁字ちょうじ
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)