一切ひときれ)” の例文
主人は菓子皿のカステラが一切ひときれ足りなくなった事には気が着かぬらしい。もし気がつくとすれば第一に疑われるものは吾輩であろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おむすび一つ、沢庵一切ひときれにも、人の心の奥は知れるものです。それをうれしく思いまして、その兎の飼ってある家へ幸福を分けて置いて来ました。
幸福 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わかいものがかへると、はなしをして、畜生ちくしやう智慧ちゑわらはずが、あにはからんや、ベソをいた。もち一切ひときれもなかつたのである。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たとへ使ひ古した半紙や巻紙の一切ひときれでも、何か棄てるに忍びないではないか。紙縒こよりにでもすれば又甦つて来るからである。昔の人はそれで布を織つた。
和紙の教へ (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
セエラは戸棚から厚く切ったお菓子を一切ひときれ出して、ベッキイにやりました。セエラは、ベッキイがそれをがつがつ食べるのを、うれしそうに見ていました。
卯平うへい時々とき/″\鹽鮭しほざけ一切ひときれ古新聞紙ふるしんぶんしはしつゝんでては火鉢ひばちてつ火箸ひばしわたして、すこいぶ麁朶そだいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
小町はもう乞食になっているのですから、年玉をやるよりも餅一切ひときれでもやった方がよかろうというのであります。色気よりも食い気といったところであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お葉は、水の一滴牛乳の一つも林檎の一切ひときれも口に入れなかった。そして改めて、空を見、窓を見、壁を見、天井を見て、自分の明らかに開いた二つの目を悲しく思った。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
一切ひときれつまめば、それ以上の慾心を人に起させない。が幾種類かの洋菓子は、それぞれに味覚をそそる。どの種類のものも一つずつ食べてみたくなる。而も形が大きい。そして胃には有害だ。
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
これはね、昨日きのふあるひと銀婚式ぎんこんしきばれて、もらつてたのだから、すこぶる御目出度おめでたいのです。貴方あなた一切ひときれぐらゐあやかつてもいでせう
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あひなるべくは多治見たぢみへのして、陶器製造たうきせいざう模樣もやうまでで、滯在たいざいすくなくとも一週間いつしうかん旅費りよひとして、一人前いちにんまへ二十五兩にじふごりやうちうにおよばず、きりもちたつた一切ひときれづゝ。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうして町井さんの予言の通りかたばかりとは云いながら、さい一切ひときれもちが元日らしく病人のひとみに映じた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玉子たまごいが、みぎにくで、うかつにはけられぬ。其處そこで、パンを一切ひときれいてもらつた。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もう少し聞いている内にはあるいはあたりがつくかも知れないと思って、敬太郎けいたろうは自分の前に残された皿の上の肉刀ナイフと、その傍に転がった赤い仁参にんじん一切ひときれながめていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仏様のうしろで、一切ひときれ食や、うまし、二切食や、うまし……
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は自分の前に置かれた紅茶茶碗の底に冷たく浮いている檸檬レモン一切ひときれけるようにしてその余りを残りなくすすった。そうしてそれを相図あいずに、自分の持って来た用事を細君に打ち明けた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まず桃川如燕ももかわじょえん以後の猫か、グレーの金魚をぬすんだ猫くらいの資格は充分あると思う。車屋の黒などはもとより眼中にない。蒲鉾の一切ひときれくらい頂戴したって人からかれこれ云われる事もなかろう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから一切ひときれぐらゐあやかつて必要ひつえうもあるでせう
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)