しゃち)” の例文
血だらけだ、血だらけだ、血だらけの稚児だ——と叫ぶ——柵の外の群集ぐんじゅの波を、しゃちに追われて泳ぐがごとく、多一の顔が真蒼まっさおあらわれた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「凧にのって金のしゃちをはがす頓狂なやつだっている。要用いりようだったら、鯨だってなんだって持って行くだろうさ。別に不思議はありゃアしない」
名古屋城の金のしゃちも教授にはさほど注目を惹かなかったので、むしろその形態のおもむきや、城の屋根瓦が波のような感じをもつことをよろこばれました。
「それがわからないのだ。角があると言いましたね、鯨ではない。しゃちさめでもあるまい。まぐろでもなかろう——はて」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うっかりしていて、最初船長がそれを発見みつけた時には、もうその船はしゃちのような素早さで、鯨群に肉迫していた。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
見ると、女が突然にしゃちこばって、口を歪めて両手で喉を掻きむしりながら、はや呼吸いきを引取るところだった。
見開いた眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
狭間はざまの壁に、太い柱に。なお、屋根のしゃちひさしの瓦などが吹飛んでいるのは砲弾の炸裂さくれつによるものであろう。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、まだしっくりとはとてもうちとけないで、何かしら気づまりで固くしゃちこばっていたのが、昨夜ゆうべの童謡音楽会でさらりと流れ、ふわりと和らいでしまった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
いわしの大軍を追っかけて、血の波を上げるしゃちの群れ、海の出来事は総て大きい! 赤い帆が見える! 海賊船だ! 黒い船体が島陰から出た! 真鍮しんちゅうの金具、五重の櫓
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勇猛果敢なわが戦闘機は、しゃちのように食下って少しも攻撃をゆるめないのだ。上から真逆落まっさかおとしに敵機へぶつかって組みあったまま燃落ちるもの——壮烈な空の肉弾戦だ。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふかだのさめだのは素より、身体からだ中に刃物を並べたしゃちだの、とげうろこを持った海蛇だのがたかって来て、烈しい渦を巻き立てて飛びかかりましたから、香潮は一生懸命になって、拳固でなぐり飛ばし
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
柿の木金助は大凧に乗って名古屋城の天主閣に登って、金のしゃちうろこをはがしたと伝えられている。かれは享保きょうほう年間に尾州びしゅう領内をあらし廻った大賊で、その事蹟は諸種の記録にも散見している。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まるでさめしゃちがパッと波をけって飛び上り、あッと思う間に、もう水底ふかくかくれてしまうように、わが『千代田』も、魚雷の発射が終ると、目にもとまらぬ速さで、底へ底へ潜って行った。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
(16) 「わが入江を見守って暮していた」というこの冒頭の一句で、この物語の主人公が「トマリ・コロ・カムイ」(入江を・支配する・神)、すなわちしゃちの神であることが分る。[182]
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
と源三郎は、しゃちなまり鋳込いこまれたように、真っ四角にかたくなって
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それだけは手放さなかった先考せんこうの華族大礼服を着こみ、掛けるものがないのでお飯櫃はちに腰をかけ、「一ノ谷」の義経のようになってしゃちこばっていると、そのころ
予言 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と見るとしゃちに似て、彼が城の天守に金銀をよろった諸侯なるに対して、これは赤合羽あかがっぱまとった下郎が、蒼黒あおぐろい魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さりとて、今見たように、しゃちってのみおると、あれは小胆者ぞと敵に肚を押しはかられるぞ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを見ていると、彼は癇が高ぶって来て、あらゆる筋肉がしゃちこばるのを感じた。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
電車の内はからりとして、水に沈んだ硝子函がらすばこ、車掌と運転手は雨にあたかも潜水夫の風情に見えて、つかちりも留めず、——外の人の混雑は、しゃちに追われたような中に。——
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風采いかにも洋々とひろく、顔にも陸棲人士りくせいじんしのごとくいらついた神経などなく、各〻、しゃちくじらの子みたいに、頗る縹渺ひょうびょうたる風格のなかに、また一種の楽天的な気概をそなえている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……それにしても、江戸一の捕物の名人がふたりもこんなところにしゃちこばっているには及ばない、半刻替りということにしようじゃないか。……おれは、その前に、ちょっと不浄へ……
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しゃちや鯨と掴合って、一角丸ウニコオルを棒で噛ろうと云うまどろすじゃありませんか。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
駒を立てて、湖岸のあとを振り向くと、そこには墨のような宇宙にもなお巍然ぎぜんたる大天守があった。雨の夜はよけいに光るという屋上の黄金のしゃちは、この闇夜に何を睨んでいるのかと思われる。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
式台でしゃちこばっている作左衛門の肩を叩いて
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どうだい、ついこの夏までは、右大臣織田信長うだいじんおだのぶなが居城きょじょうで、この山のみどりのなかには、すばらしい金殿玉楼きんでんぎょくろうが見えてよ、金のしゃちや七じゅうのお天主てんしゅが、日本中をおさえてるようにそびえていた安土城あづちじょうだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)