馬丁べっとう)” の例文
首を突き貫かれて、よろめく伊東甲子太郎に向って、真先に板囲いの中からおどり出して斬ってかかったのは、元の伊東が手飼いの馬丁べっとう
……何でも、事件の起る二日ぐらい前とかに、馬丁べっとうの福次郎さんという人が、用があって東水の尾へ、登って行きましたそうです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
晴雨兼帯とも言いたい馬丁べっとうかぶった高帽子まで彼にはめずらしい物であった。彼は右を見、左を見して、初めてセエヌ河を渡った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「私も今晩あたりは、御墨付をお返し申上げられるかと思います。恐れ入りますが、馬丁べっとうの黒助を御呼び下さいますように」
馬丁べっとうの辰公と彼とはなお懇意だった。辰公の好意で彼はズボンと上衣うわぎと、そしてやや大きすぎるけれど赤革の編上靴まで借りることができた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「え、薄汚い、悪臭い、貧乏神が夫婦連めおとづれでやって来やあがった。とッとと退いたり、邪魔にならあ。」と馬丁べっとう喚散わめきちらせば
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
廏屋うまや馬丁べっとうに申しつけて、『瞬』を厳重に柱に縛り付けて動かぬようにして、その上に番人を二人までもつけておきました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
余は憤々ぷんぷんと怒って門へ引返し、甚蔵の寝て居る馬車を連れて再び此の台所口まで帰って来た、馬丁べっとうの力を借り
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
下唇のでたるだけに。はたしておしゃべりなりとは。供待ちの馬丁べっとうの悪口。総じていわば。十人並みには過ぎたるかたなり。前の貴嬢は少しかんじたというようすにて。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
なすこともなく方々の中間部屋でとぐろを巻いて陸尺ろくしゃく馬丁べっとうなどというてあいとばかり交際つきあっているので、叔父の庄兵衛がもてあまし、甲府勤番の株を買ってやったが、なにしろ
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
見ると安さんは唐桟とうざんの着物に豆絞まめしぼりにかの三尺を締めて立っている。まるで東京の馬丁べっとうのような服装なりである。これには少し驚いた。安さんも自分の様子をながめて首をかしげて
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と聞いてみましたら、別棟べつむねに住んでいる馬丁べっとうや農夫たちが、二日おき三日おきに馬で四里離れた大野木まで買い出しに行くというのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
馬丁べっとうの黒助は立上がって、番手桶の水をザブリと掛けました。初秋の肌寒い風が、半裸の美女を吹いて、そのまま燻蒸くんじょうする湯気も匂いそうです。
きこの安東あんとう村に居るんです。貞造と申して、以前御宅の馬丁べっとうをしたもので、……夫人おくさん、貴女の、実の……御父上おとうさん……」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを張番しているのが邸内の馬丁べっとうども(厩仲間うまやちゅうげん)であったがために、そのお屋敷の威光をかさに着て、だんだん増長してきたために、見のがせなくなって
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「駄目駄目、観客としてもはいる資格がない。馬丁べっとうに連れて行ってもらえよ。厩舎うまやの通用門からはいるんだ」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭へ出でて花壇のまわりを三べんばかりあてどもなくあるきながら。わざと浜子の部屋のあたりをさけて。おもての方へおもむろにあゆみきたれば。馬丁べっとう部屋の方にあたりて。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
雪をいていた者は雪払ゆきかきめる、黄色い真綿帽子を冠った旅人の群は立止る、岩村田がよいの馬車の馬丁べっとう蓙掛ござがけの馬の手綱たづなを引留めて、身を横に後を振返って眺めておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青眼先生はハッと驚いて背後うしろをふり向きますと、うしろにはたった今あらためた馬丁べっとうの死骸があるばかりで、しかも手も足もバラバラになっているのですから、口を利く気遣いはありませぬ。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
水番の六蔵……山の農園の農夫が二人……馬丁べっとうの福次郎、いずれも石橋家が焼けた後は、山を降って一時ここで働いていた。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
高岡に彷徨ぶらついていたって始まらんので、金沢には士官がいるから、馬丁べっとうの口でもあるだろうと思って、さがしに出て来た。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あったよ、御用人にお願いするまでもないや、馬丁べっとうに知ってるのがあるから頼んで一枚貰って来た、これだ」
仲間ちゅうげん馬丁べっとうが、寄ってたかって御老中のお馬屋の中で、しゃそじょうこてやつをきめこむんでさあ、御老中でさえその位なんだから、中納言様ときちゃあ豪勢なもんだろう
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
前の晩のうちに頼んで置いた乗合馬車の馬丁べっとうが、その時、庭口へ声を掛けに来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かなたにもとかくにうしろめだき風情ありておのれをはばかるさまあるは。何ようのことわけのありてかと。心をつけし折も折。ゆくりなく耳に入りし馬丁べっとう車夫の噂咄うわさばなし。胸とどろくまで驚かれ。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
きゃッきゃッきゃッきゃッ。あはははは。お馬丁べっとうは小腰をゆするが、蘆毛あしげよ。(振向く)おうまやが近うなって、どのの足はいよいよ健かに軽いなあ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはズッと後の話、馬丁べっとうの黒助は本名の九郎助に返って、房州で百姓をした事は申すまでもありません。
日本一間抜けの馬丁べっとうに制裁を加える資格も、能力も無い如く、今度のこの馬丁も、自分が馬のために救われていたということは、永久に理解することができないで、これから後の
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
馬丁べっとうの吹く喇叭らっぱは山の空気に響き渡った。それを聞きつけて、橋本の家のものは高い石垣を降りて来た。幸作も来て迎えた。三吉はこの人達と一緒に、覚えのある石段を幾曲りかして上って行った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかるに万死の貧民に向って道を譲らざる無礼を責め、無慙むざんなる馬丁べっとうかれを溝際に投飛ばして命縷めいるまさに絶えなんとする時、馬車は揚々として立去れり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ついていた馬丁べっとうが馬の心を知らない——単に馬が狂い出したものと見て、走りかかる馬のゆくてに、大手を拡げてたち塞がったものだから、馬が棒立ちになったのを、追いすがった刺客が
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三吉は車の周囲まわりに立って見送っている達雄や嘉助や若い手代達にも話しかける時はあった。待っても待っても他に乗合客が見えそうもないので、馬丁べっとうはちょっと口笛を吹いて、それから手綱たづなを執った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やい、それと声を懸けるばかりで、車夫も、馬丁べっとうも、引張凧ひっぱりだこになった艶福家えんぷくか島野氏も、女だから手も着けられない。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは——め組の口から漏らした、河野の母親が以前、通じたと云う——馬丁べっとう貞造の事に就いてであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬丁べっとう、車夫のともがら、手に手にますを取りて控えたる境内には、一百有余の俵を積み、白米むしろに山をなせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
園をずればたけ高く肥えたる馬二頭立ちて、りガラス入りたる馬車に、三個みたり馬丁べっとう休らいたりき。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いんや、馬丁べっとう……貞造って……馬丁でね。わっしが静岡に落ちてた時分の飲友達、旦那が戦争に行った留守に、ちょろりとめたが、病着やみつきで、おくびの出るほど食ったんだ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ッて、どこの馬丁べっとうも威張るもんだけれど、憎らしいじゃありませんか。危い、とでもおっしゃることか、どこのか華族様でもあろうけれども、乗ってた御夫婦も心なし。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬丁べっとうと、小間使と女中と、三人が附いて来たが、煮炊にたきが間に合うようになると、一度、新世帯のお手料理を御馳走ごちそうになった切り、その二人は帰った、年上の女中だけ残って。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黙って敏活の気のあふれた目に、大空を見ておわした姫様は、これにうなずいて御入おんいりがあろうとする。道はもとより、馬丁べっとう義作続いて島野まで、長いものに巻かれた形で、一群ひとむれになって。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「なんと皆さん、業肚ごうはらじゃございませんか。おとなげのないわけだけれど、こういう行き懸かりになってみると、どうも負けるのは残念だ。おい、馬丁べっとうさん、早くってくれたまえな」
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七左 おお、弥兵衛やへえどの御子息欣弥どの。はあ、新聞に出ておりますか。田鼠化為鶉、馬丁べっとうすなわち奉行となる。信濃国東筑摩郡松本中の評判じゃ。唯今ただいま、その邸から出て来た処よの。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渠はこのときまで、一箇ひとりの頼もしき馬丁べっとうとしてその意中に渠を遇せしなり。いまだかくのごとく畏敬すべき者ならんとは知らざりき。ある点においては渠を支配しうべしと思いしなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)