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飛蒐
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とびかゝ
五月雨の
陰氣な
一夜、
坂の
上から
飛蒐るやうなけたゝましい
跫音がして、
格子をがらりと
突開けたと
思ふと、
神樂坂下の
其の
新宅の
二階へ、いきなり
飛上つて
切下られあつと玉ぎる一聲と共に落せし提灯の
發と
燃立其
明りに見れば兄なる長庵が
坊主天窓へ
頬冠り
浴衣の
尻を
引からげ顏を
背けて其場に
彳み持たる
脇差取直し
再度斯よと
飛蒐るを
丸で
餓ゑた獣の人に
飛蒐らうと気構へて居るのと少しも変つた所は無い。
併し天性弱きを助け強きを
挫ぐの資性に富み、善人と見れば
身代は申すに及ばず、
一命を
擲ってもこれを助け、また悪人と認むれば
聊か容赦なく
飛蒐って殴り殺すという七
人力の
侠客でございます。
其の
犬どもの、
耳には
火を
立て、
牙には
火を
齒み、
焔を
吹き、
黒煙を
尾に
倦いて、
車とも
言はず、
人とも
言はず、
炎に
搦んで、
躍上り、
飛蒐り、
狂立つて
地獄の
形相を
顯したであらう
『あツ、』と
叫んで、
背後から
飛蒐つたが、
最う
一足の
処で
手が
届きさうに
成つても、
何うしても
尾に
及ばぬ……
牛は
急ぐともなく、
動かない
朧夜が
自然から
時の
移るやうに
悠々とのさばり
行く。