顛倒てんどう)” の例文
癇張声かんばりごえに胆を冷やしてハッと思えばぐゎらり顛倒てんどう手桶ておけ枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏みかえしたる不体裁ざまのなさ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
手燭に照して見廻みまわせば、地に帰しけん天に朝しけん、よもやよもやと思いたる下枝は消えてあらざりけり。得三は顛倒てんどうして血眼ちまなこになりぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分には何のとがが有ってこんな理非りひ顛倒てんどうの侮辱を受けるのであろう。考えれば考えるほど、冬子は口惜くやしくってたまらなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
よくも揃った非道な奴らだと、かッと逆上のぼせて気も顛倒てんどう、一生懸命になって幸兵衛が逆手さかてに持った刄物のつかに手をかけて、引奪ひったくろうとするを
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
時々は間違えて苗字みょうじと名前を顛倒てんどうして、石井町子嬢とも呼んだ。すると看護婦は首をかしげながらそう改めた方が好いようでございますねと云った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顛倒の世界 次に、「顛倒夢想てんどうむそう遠離おんりして、究竟涅槃くきょうねはんす」ということですが、普通には、ここに「一切」という字があります。「一さい顛倒てんどう」といっています。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
葉書でも来はすまいかと、待ちたくないと戒めながら、心の底で待っていたが、あれは顛倒てんどうした考えであったかも知れない。おとずれはこちらからすべきである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
順序をいえば家庭教育の方が学校教育よりも先だけれども今の世の事はとかく順序が顛倒てんどうしている。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
余りの椿事ちんじに、寧ろ顛倒てんどうして了って、歯の根も合わずワクワクしながら、門内の長い敷石道を、やっぱり青くなった小間使達と一緒に、ウロウロと歩き廻っていたのですが
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
消えなんとした生命いのちの火がパッと明るくなったように、攻守顛倒てんどうの形となる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
國藏と森松は気も顛倒てんどうして、物をも云わずおどり上って飛出し、文治の顔を見るより、あッと腰を抜かしてしまいました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
されど心ごうにして気韻高きさがなれば、はしたなく声を立てず、顛倒てんどうして座を乱さず、端然としていたまえり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分は本末ほんまつ顛倒てんどうした。雅楽所で三沢に会うまでは、Hさんと兄とがこの夏いっしょにするという旅行の件を、その日の問題としてあんに胸のうちに畳み込んでいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実は理性のあらそいに、意志が容喙したと云うのは、主客を顛倒てんどうした話で、その理性の争というのは、あの目の磁石力に対する、無力なる抗抵こうていに過ぎなかったかも知れない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし梵語の原典から見ましても、「顛倒てんどうを超越して究竟くきょう涅槃さとりに入る」という意味になっていますから、これはやっぱり「究竟涅槃す」とよんだ方がよいと思います。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
十兵衛も分らぬことに思えどもいなみもならねば、はや感応寺の門くぐるさえ無益むやくしくは考えつつも、何御用ぞと行って問えば、天地顛倒てんどうこりゃどうじゃ、夢かうつつか真実か
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
成程なるほど、違っていた。今まで気が顛倒てんどうしていたので、流石さすがにそこまではかなかったが、安行の前歯は左が少しくけていた。この男の前歯は左右とも美事に揃っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は余りの恐しさに顛倒てんどうして口も利けないらしく見えた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
話は前後あとさきになりますが、ちょうどこの場合だから申しますがね。てまえ、前にも申す通り、何んだか気になる。お夏さんの跡から上野へ行って、暗がり坂で、きゃッ! 天地顛倒てんどう
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こうしたような事実は、この複雑なる、われわれの世界には非常に多いのです。あの斜視や乱視や色盲のような見方をして、錯覚や幻覚を起こしている連中は、いずれも皆「顛倒てんどう衆生しゅじょう
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
狸は大方腹鼓はらつづみたたき過ぎて、胃の位置が顛倒てんどうしたんだ。君とおれは、いっしょに、祝勝会へ出てさ、いっしょに高知のぴかぴかおどりを見てさ、いっしょに喧嘩をとめにはいったんじゃないか。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茂之助さんも顛倒てんどうしてしまって、あゝ済まねえと思ったか、梁へ紐を下げて首を吊って死ぬくれえ非業な真似エしたのも、みんな汝から起った事だから、何うかして松五郎お瀧の二人を捜し出し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人々はこの事実丈けで、十分顛倒てんどうするでありましょう。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
上下うえしたかえしまして、どどどど廊下をけます音、がたびし戸障子の外れるひびき、中には泣くやら、わめくやら、ひどいのはその顛倒てんどうで、洋燈ランプひっくらかえして、小火ぼやになりかけた家もござりますなり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともしびの暗い、しんとして、片附いた美しい二階の座敷をみまわしたが、そうだ、小包が神月からというのに顛倒てんどうして忘れていた、先刻さっきを思出すと、ぞっとして、ばたりと箱を落して立ち、何をはばかるともなく
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顛倒てんどうして慌てるほど、身体からだのおしに重みがかかる、とその度に、ぐ、ぐ、と泣いて、口から垂々だらだらと血を吐くのが、咽喉のどかかり、胸を染め、乳の下をさっと流れて、仁右衛門のあしのうら生暖なまあたたこう垂れかかる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とお貞はちたるが、不意に顛倒てんどうして、起ちつ、居つ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)