“鏨(たがね)” の例文
離屋の壁の中に隱した小判は、極印がなくて使へないので、番頭の善七は鏨(たがね)の極印を拵(こさ)へて、その小判に打つつもりだつたんだらう。
が、今は他のものを装(も)る器具(うつわ)でない。瓜はそのまま天来の瓜である。従って名実ともに鏨(たがね)は冴えた、とその道のものは云った。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「櫻材をもつて模型をつくり數多の鑢(やすり)と鏨(たがね)をあつらへ、銅又は眞鍮を用ひて、長方形大小各種の種字を作りだし」云々。
光をかかぐる人々 (旧字旧仮名) / 徳永直(著)
二人はそれを伏し拝んで、かすかな燈火(ともしび)の明りにすかして、地蔵尊の額を見た。白毫(びゃくごう)の右左に、鏨(たがね)で彫ったような十文字の疵(きず)があざやかに見えた。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
予ハ鏨(たがね)彫リト云ウ彫リ方ヲ委シクハ知ラナイ。子供ノ時分縁日ニ行クト、ヨク大道ニ守リ札ヲ売ル店ガ出テイタ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しばらくは父の押木(おしぎ)の上に一ぱいに散らかっている鉄槌(かなづち)だの、鏨(たがね)だの、鑢(やすり)だのを私にいじらせてくれた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
持ちあわせた氷用の鏨(たがね)でその真上にもう一つ穴を掘り、小刀で近所に見あたったいちばん長い樺の木を切りたおし、また、引き輪索(わなわ)をつくってそのはじに取付け
皮を鑢の下に敷いて鏨(たがね)で刻んで颯々(さっさつ)と出来る様子だから、私は立留(たちどまっ)て之(これ)を見て、心の中で扨々(さてさて)大都会なる哉(かな)、途方もない事が出来るもの哉、自分等は夢にも思わぬ
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
やつと灌木(くわんぼく)の高さしか無い柊(ひひらぎ)よ、僞善(ぎぜん)の尻を刺す鑿(のみ)、愛着(あいぢやく)の背(せ)を刻(きざ)む鏨(たがね)、鞭の柄(え)、手燭(てしよく)の取手(とつて)。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「ねえ熊城君」と鏨(たがね)を示して、「これは兇器の一部かも知れないが、全部じゃない事だけは明らかだよ。と云って、兇器がどんなものだか、僕には全然見当が附かないのだが」
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
老人は、左の手に鏨(たがね)を持ち右の手に槌(つち)を持つ形をした。体を定めて、鼻から深く息を吸い、下腹へ力を籠めた。それは単に仕方を示す真似事には過ぎないが、流石(さすが)にぴたりと形は決まった。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
肉取(ししど)り、平象嵌(ひらぞうがん)、毛彫(けぼり)、浮彫、筋彫、石め、鏨(たがね)は自由だから、蔓(つる)も、葉も、あるいは花もこれに添う。玉の露も鏤(ちりば)む。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでも金床や鞴(ふいご)や大小の鑢(やすり)や鏨(たがね)やがいろ/\の材料と共に配置され、未完成の大きい櫓(やぐら)時計が三つと、置時計の修繕物が三つ、部屋の隅に片寄せてあるのです。
島津の殿樣に頼まれて、蘭語の活字を作るために十一年を辛苦した人、幕府の眼を怖れて晝間も手燭をともした、くらい一室で、こつこつと鑿(のみ)と鏨(たがね)で木や金を彫つたといふ人……。
光をかかぐる人々 (旧字旧仮名) / 徳永直(著)
惟(おも)うべし近常夫婦の塚に、手向けたる一捻(いちねん)の白饅頭の活(い)けるがごとかりしを。しかのみならず、梅鉢草の印の鏨(たがね)を拾って、一条の奇蹟を鶏(とり)に授けたのを。
そこで、長い羅宇(らう)に紐を巻いて、花火筒の手軽なもののような鉄砲をつくり、中へ煙硝(えんしょう)を詰(つ)めて、鏨(たがね)を鉛玉の代りに撃ち出すことを考えた。——火皿などは要らない。
(いや、両方とも先生に、)というのを聞いて、しばらく熟(じっ)と考えて、鏨(たがね)を三本、細くって小さいんですとさ。
「それに、鉛の丸い弾丸と違って、先の尖った鏨(たがね)を撃ち込むと、傷口が開かないから、ちょっと見ては鉄砲傷とわからない。銭形の親分はよくこれが鉄砲傷と気がつきましたね」
「は、は、は、違う、違う、まるで違う。この大入道の団栗目(どんぐりめ)は、はじめ死んでおった。それが鏨(たがね)で活(い)きたのじゃ。すなわち潰されたために、開(あ)いたのじゃ。」
鏨(たがね)を撃ち出した羅宇は、恐ろしい勢いで後ろの方へハネ返ると、そのまま窓の外の川に落ちた。羅宇は軽くて丈夫にするため、たぶん蝋を引いた麻紐を巻いてあったことだろう。
ト此(こ)の鑿(のみ)を持(も)ち、鏨(たがね)を持(も)つべき腕(かひな)は、一度(ひとたび)掌(てのひら)を返(かへ)して、多勢(たせい)を圧(あつ)して将棊倒(しやうぎだふ)しにもする、大(おほい)なる権威(けんゐ)の備(そな)はるが如(ごと)くに思(おも)つて、会心(くわいしん)自得(じとく)の意(こゝろ)を、高声(たかごゑ)に漏(も)らして、呵々(から/\)と笑(わら)つた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「おや、錢形の親分だ相で、——お頼みだけのことはしましたよ。腑分けと言つた大袈裟なことは出來ないが、幸ひ彈丸の代りに撃(ぶ)ち込んだ、細い鏨(たがね)が、胸の近くまで脱けかけて居たので、すぐ搜り當てゝ取出して置きました。これですよ」
錺屋(かざりや)、錺職をもって安んじているのだから、丼に蝦蟇口(がまぐち)を突込(つっこ)んで、印半纏(しるしばんてん)で可(よ)さそうな処を、この男にして妙な事には、古背広にゲエトルをしめ、草鞋穿(わらじばき)で、鏨(たがね)、鉄鎚(かなづち)の幾挺(いくちょう)か、安革鞄(やすかばん)で斜(はす)にかけ
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「鏨(たがね)のやうだ」