野路のじ)” の例文
男は部落の裏を巧みに縫って、やがて一本の街道を早足で横切ると、あとはいちめんな野路のじだった。それも尽きて、野末のずえの山を見ると
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四宮河原しのみやがわらを過ぎれば、蝉丸せみまるの歌に想いをはせ、勢多せた唐橋からはし野路のじさとを過ぎれば、既に志賀、琵琶湖にも、再び春が訪れていた。
鳥の羽音、さえずる声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。くさむらの蔭、林の奥にすだく虫の音。空車からぐるま荷車の林をめぐり、坂を下り、野路のじを横ぎる響。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
下にはぎ桔梗ききょうすすきくず女郎花おみなえし隙間すきまなくいた上に、真丸な月を銀で出して、その横のいた所へ、野路のじや空月の中なる女郎花、其一きいちと題してある。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其の鳥打帽とりうちぼう掻取かきとると、しずくするほど額髪ひたいがみの黒くやわらかにれたのを、幾度いくたびも払ひつゝ、いた野路のじの雨に悩んだ風情ふぜい
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
神田祭の晩肌守はだまもりに「野路のじ村雨むらさめ」のゆかたで喉をきかせた時だったと云うが、この頃はめっきり老いこんで、すきな歌沢もめったにうたわなくなったし
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誰の字とも弥生はもとより知る由もないが、金釘流かなくぎりゅうの文字が野路のじ時雨しぐれのように斜めに倒れて走っている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
野路のじや、畑の景色をおろしながら、そこでさめざめと泣きつづけたりするのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なおこの句には強い必要はないけれども「旅行快天」という前置きがある。旅をしていて朝早く宿を立出た時分、晴れ渡った野路のじの曙の景色を言ったものであろう。次に明治に移ると
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
子供等は玉川から電車で帰り、主人夫妻は連れて往った隣家の女児むすめと共に、つい其前々月もらって来た三歳の女児をのせた小児車しょうにぐるまを押して、星光を踏みつゝ野路のじを二里くたびれ果てゝ帰宅した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
野路のじの菊花のあざやかに色もさま/″\めづらしければ
更衣ころもがえ野路のじの人はつかに白し
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
馬の背に移って、梨丸に口輪をらせながら、東へ東へと道をとった。野路のじはいつかあかねに染まり、馬と人の細長い影が地に連れだって行く。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
榛谷はんがえ四郎、熊谷次郎、猪股いのまた小平六を先陣としてその勢合わせて三万五千余騎、近江国の野路のじ篠原しのはらに陣を張った。
見たばかりで、野路のじの樹とも垣根の枝とも、誰も気の着いたものはなかったが、初め座の定まった処へ、お才という内の姉御が、お茶きこしめせ、と持って出て、梅干も候ぞ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗助は好い加減な頃を見計らって、丁寧ていねいに礼を述べて元の席に復した。主人も蒲団ふとんの上に直った。そうして、今度は野路のじや空云々という題句やら書体やらについて語り出した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秋風やいつ迄逢はぬ野路のじ二つ
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
更衣ころもがえ野路のじの人はつかに白し
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
まもなく、義貞以下、全軍の人馬は、また武蔵野の野路のじを分けて、南へ南へ、さぐるように、えんえんと流れて行った。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野路のじや空、月のなかなる花野はなの惜気おしげも無く織り込んだつづれの丸帯にある。唐錦からにしき小袖こそで振袖ふりそでれ違うところにある。——文明の詩は金にある。小野さんは詩人の本分をまっとうするために金を得ねばならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春雷や傘を借りたる野路のじの家
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし、やがて大陸の渺々びょうびょうたる野路のじ山路は、いつか、旅の母子に、後ろの不安も、思い出せぬほどな遠くにしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「長の野路のじやら峠やら、途中、何が起るかしれませぬ。わけて近年は物騒なとも聞きまする。登子でしたら、十人二十人の侍をつれても、恐ろしゅう思われますのに」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここは、よう旅人が迷うので、遠い以前、北条泰時やすときさまが、本野原の野路のじのかぎり、道しるべの柳を
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうさけんで、主上の先を払っていた時益だったが、その南の探題時益も、ついに瀬田と守山のあいだの野路のじ附近で野伏の流れ矢にあたって、あえなき最期をとげてしまった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただやがて、行く先々の野路のじさとには、あらしの下を馳ける松明たいまつの火が頻りに見られた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)