きび)” の例文
暑氣は日一日ときびしくなつて來た。殊にも今年は雨が少なくて、田といふ田には水が十分でない。日中は家の中でさへ九十度に上る。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
娘を亡くして気を落としたりしたあげく、残暑のきびしい中の野天で、強い仕事をしたりして暮らしていてはさぞ大変なことだろう。
彼の放蕩のもたらしたこの不幸な移転に対する不満がこのきびしい寒さの苦痛を通して秘かにあらわれて来ているものかも知れなかった。
不幸 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
かの女の稚純な白痴性がかの女の自他に与える一種の麻痺状態まひじょうたいではなかろうかと、かの女はきびしく自分を批判してみるのである。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
福岡の方では今度のことを言ひがゝりにして、だから老人としよりに子供を任せては置けない、三人とも此方こちらへ寄越せときびしく云つて來るんだらう。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その南風が吹き募ると、海と空が茫とふくらんで白く燃え上るようであった。どうかすると真夏よりもきびしい光線で野の緑が射とめられていた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
たださえ行悩ゆきなやむのに、秋暑しという言葉は、残暑のきびしさより身にこたえる。また汗の目に、野山の赤いまで暑かった。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
相原あいばら新吉夫婦が玉窓寺ぎょくそうじ離家はなれを借りて入ったのは九月の末だった。残暑のきびしい年で、寺の境内は汗をかいたように、昼日中、いまだに油蝉あぶらぜみの声を聞いた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
なんにもしたくないのだから、家賃とか米代とか、おっかさんにきびしく言われるものは、よんどころなく書き物をして五円、八円取って来たが、其様そんな処へ遊びに行く銭は
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その当時私は警察当局からも、新聞記者諸君からも、どんなにきびしく遺書の発表を迫られたか分らぬ。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それが十九世紀の末からリアリズムの再検討が、あらゆる芸術界に、冷たく、きびしく吹きすさんだ。
わっぱよ。おぬし、伊織とかいうたの。——いつぞやはこの婆に、ようもきびしいまねをしやったな」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余は理想家でも何でも無し、唯だ余りきびしく文学を事実ファクトに推しつけたがるが愛山君の癖なれば、一時の出来心にて一撃を試みたるのみ、考へて見ればつまらぬ喧嘩にあらずや。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
槍の名手と評判があった、矢作治部太夫は、今日は寒さがちときびしいので、城中から下がってくると直ぐ、好きな酒をちびちびと飲みはじめた。そこへ弓削田宮内が訪れて来た。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
いよ/\奥方の鞭がきびしくなつて四五日前からさかんに水車を廻しはじめてゐたと思つたら、今朝、とても威気揚々たる姿で、馬車に荷物を満載して町へ出掛けて行つたよ——おい
馬車の歌 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
下の方には、人家の赤い屋根が、まぶしい寒い日の光に笑っていた。空気は強くきびしかった。凍った大地は、辛辣しんらつな歓喜を感じてるがようだった。クリストフの心も大地と同じだった。
一視同律であまりにきびしく批判すれば、初心の人はおじけ、または恨むであろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
源「へい/\お早うございます、いつも御機嫌よろしゅう、此の節は日中にっちゅうは大層いきれてしのぎ兼ねます、今年のようなきびしい事はございません、うも暑中より酷しいようでございます」
ジルノルマン氏はマリユスが間もなく自分のもとを去ってゆくに違いないと感じた。喜んで迎えなかったために彼を反抗さし、きびしい態度をしたため彼を追い返すことになったと感じた。
短い夏の夜が明けると、最早もう立秋という日が来た。生家さとに居るお雪からは手紙で、きびしい暑さの見舞を書いてよこした。別に二人の姪へてて、留守中のことはくれぐれも宜しく頼む、としたためてあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
きびしい冬の北風は、戸口や窓に泣いてゐて
暑気あつさは日一日ときびしくなつて来た。殊にも今年は雨が少なくて、田といふ田には水が充分でない。日中は家のうちでさへ九十度に上る。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何と云っても一番人を融かすところのものは、彼の詩人的素質です。この素質が、彼のきびしいリアリズムを神秘にまで高めます。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時は三月で、まだ余寒がきびしく、ぶるぶる震えながら鹿沼在を出かけましたが、村端むらはずれに人力車屋くるまやが四、五人焚火たきびをして客待ちをしております。
しかし、それを話せば、頭上に迫っている更にきびしいものの印象を強めるだけのことであった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そのかねが入ったら——例の箱根からきびしくも言って来るし、自分でも是非そのまゝにしている荷物を取って来たり、勘定の仕残りだのして二三日遊んで来ようと思っていたのだが
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
長い陰気な梅雨がようやく明けた頃、そこにはもうきびしい暑さが待ち設けて居て、流石さすが都大路もしばらくは人通りの杜絶える真昼の静けさから、豆腐屋のラッパを合図に次第しだいに都の騒がしさに帰る夕暮時
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
忠「誠に存外御無沙汰を致しました、どうもきびしいことでございます」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『今日は、わけてもきびしい。——所で、この儘、千坂様の所へ行くか』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはきびしい調子に返されたる厳粛な調子であった。
私が釧路の新聞へ行つたのは、恰度ちやうど一月下旬の事、寒さの一番きびしい時で、華氏寒暖計が毎朝零下二十度から三十度までの間を昇降して居た。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
師匠の家なども我々は畳を上げ、道具を方附け、いざといえば何処どこかへ立ち退く算段……天候は悪く、びしょびしょ雨で、春というのに寒さはきびしい。
もう秋は立っているのだが、暑さはこの夏の土用にもまさってきびしい。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「信長公が自身攻めつぶして行かれた後は、草木も枯れてしまうきびしさだが、筑前守が攻め陥したあとには、何となく寒土から木や草の芽がえ出るようなものが残る。いったいこれは何の違いだろうか」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)