蘇鉄そてつ)” の例文
旧字:蘇鐵
が、蘇鉄そてつの大株があり、それが月光をさえぎっている、そういう地点までやって来た時、突然ワッという声を上げ、一人の侍が地に仆れた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今考えるとほとんどその時に見た堺の記憶と云うものはありませんが、何でも妙国寺と云うお寺へ行って蘇鉄そてつを探したように覚えております。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
廊下へ出て、へり蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうの植わった泉水の緋鯉ひごいなどを眺めていると、褞袍姿どてらすがたのその男が、莨をふかしながら、側へ寄って来て話しかけた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
庭には大きな泉水を掘り、向うの小山を其まゝ庭にして、蘇鉄そてつを植えたり、石段をたたんだり、石燈籠を据えたりしてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
水野が庭作りに化けて薩摩へ入り込んで、城内の蘇鉄そてつの根方に手裏剣を刺し込んで来たというのは有名な話ですが、嘘だかほんとうだか判りません。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
またさまざまなる常磐木ときわぎは、日本の風土にれた蘇鉄そてつや竹などと一緒になって、四季不変なる緑色の着物を着ている。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
車廻しの蘇鉄そてつや刈込んだ松が見え、それに向い合っていま小僧が暖簾のれんをかけている商店造りの新百瀬の店があります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
御徒目付はまた、それを蘇鉄そてつへつれて行って、大目付始め御目付衆立ち合いの上で、刃傷にんじょう仔細しさいを問いただした。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
植木商会のひろい庭園を抜けると、道が半分も近いので、彼は、通行の止められている柵を越えて、背のたかい蘇鉄そてつの葉や温室のあいだを駈けぬけた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
コンクリートの階段と手摺てすりとがあり、階段の上がり口には蘇鉄そてつや寒菊や葉蘭はらんなどの鉢が四つ五つ置いてあった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
玄関の前には大きな蘇鉄そてつを植えた円形の植込うえこみがあった。電燈の燈がのこぎりの歯のようなその葉に明るくしていた。二台の自動車がその左側に置いてあった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朗読劇でございますから、幕も、背景も要りません。そうでしょう? でも、何も無いというのも淋しいので、ここへ、蘇鉄そてつはちを一つ置いてみました。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
広沢寺の庭に有名なる大蘇鉄そてつあり、韓土よりもたらし来りしもの、寺は豊公の寵姫ちようき広沢姫ひろさはひめの居りしところといふ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
三、四日たつと、焼けた芝生しばふはもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄そてつが芽を吹き、銀杏いちょうも細い若葉を吹き出した。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その隣りの龍華寺りゅうげじでは僕達は蘇鉄そてつの大きいのに驚いた。一株から五十何本とか出ていると車屋が力説した。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
とうとう最後にそれは「蘇鉄そてつ」であると聞いた時になるほど蘇鉄でなけりゃならぬ、たしかにそれは動かぬところである、とつくづく感心したことでありました。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その隣にははかま穿いて口鬚くちひげをはやした、大分もう年をとった一人の男が、オットセイの黒焼きだとか、蘇鉄そてつだとか称している、えたいの知れないものを台の上にのせて
大木がなかなか多く、梯梧でいご赤木あかぎ榕樹ようじゅ福木ふくぎ蕃瓜樹ばんかじゅ阿檀あだんの如く、多くの珍らしい樹々を見かけます。山には蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうが密生し、松の大木や竹の林も少くはありません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かえでに、けやきに、ひのきに、蘇鉄そてつぐらいなものだが、それを内に入れたり出したりして、楽しみそうに眺めている。花壇にはいろいろ西洋種もまいて、天竺牡丹てんじくぼたん遊蝶草ゆうちょうそうなどが咲いている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
蘇鉄そてつが丈高く生えてゐる海岸まで、突き抜ける天竜川てんりゆうがはといふ道路があることを私は知つてゐる、しかも日本アルプスで、最も美しい水の道路であり、水の敷石であることを知つてゐる
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
愛吉は胸紐を巻込んで、懐に小さく畳んで持って来た、来歴のあるかの五ツ紋を取出して、卓子の上なる蘇鉄そてつの鉢物の蔭に載せた、電燈の光はその葉をすかして、涼しげに麦酒ビイル硝子杯コップに映るのである。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青い芽をふく蘇鉄そてつをば
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
蘇鉄そてつが妙国寺へ行こうといい、安宅丸あたけまるが伊豆へ行こうといった昔話を、今さら引合いに出すわけにもゆくまい。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
四五段の石段を上ると玉石を敷き詰めた広場があり、蘇鉄そてつの植込を前に控えてポーチの玄関という洋館でした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
内蔵助は蘇鉄そてつの葉へ、ふっと、眼をらした。大きなおはぐろちょうが一羽ゆらいでいる。——それを見ている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁度四歳の初冬の或る夕方ゆうかた、私は松や蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうなぞに其の年の霜よけをし終えた植木屋のやすが、一面に白く乾いたきのこび着いている井戸側いどがわ取破とりこわしているのを見た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
丘のような蘇鉄そてつの植え込みがあり、その蔭へわたしたちは走り込み、彼らの様子をうかがいましたが、屋内の様子に気をとられていたからか、彼らはわたしたちに気づきませんでした。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一体下痢げりをする度に大きい蘇鉄そてつを思ひ出すのは僕一人ひとりに限つてゐるのかしら?
囈語 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蘇鉄そてつの実をせんじて飲ませたり、ご祈祷を枕もとであげてもらったり、不動岡ふどうおかの不動様の御符ごふをいただかせたり、いやしくも効験こうけんがあると人の教えてくれたものは、どんなことでもしてみたが
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
スウィートピイは、蘇鉄そてつの真似をしたがる。鉄のサラリイマンを思う。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
ちりを払って、三名は内蔵助のいる一室へ来た。庭先の大きな蘇鉄そてつに陽ざしが青かった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日は夏の晴天で、脂臭やにくさ蘇鉄そてつのにおいが寺の庭に充満しているころだったが、例の急な石段を登って、山の上へ出てみると、ほとんど意外だったくらい、あの大理石の墓がくだらなく見えた。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蘇鉄そてつが十数本立っている。
怪しの館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
熱い薬湯やくとうの茶碗を手に持たせられ、のどを焼かれるように感じた時、ハッと気がついてみると、八弥は自分の体も、側にいる耀蔵も、白いぬのに巻かれて、蘇鉄そてつのようになっているのを見た。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
棕梠の葉の中から、南洋鬼蔦おにづたの中から、シャボテンの中から、蘇鉄そてつの中から。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蘇鉄そてつの間の一隅に、内匠頭を坐らせて、大屏風で囲ってしまう。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)