“荊(いばら)” の例文
それはあたかも燃ゆる荊(いばら)に似ていた。そしてこの燃えたつ盆地のまん中から、種子と日光とに酔った一羽の雲雀(ひばり)が舞い上がっていた。
反絵の身体は訶和郎の胸に飛びかかった。訶和郎は地に倒れると、荊(いばら)を毮(むし)って反絵の顔へ投げつけた。一人の兵士は鹿の死骸で訶和郎を打った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一議(いちぎ)に及ばず、草鞋(わらじ)を上げて、道を左へ片避(かたよ)けた、足の底へ、草の根が柔(やわらか)に、葉末(はずえ)は脛(はぎ)を隠したが、裾(すそ)を引く荊(いばら)もなく、天地(てんち)閑(かん)に、虫の羽音(はおと)も聞えぬ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等の精神的奴隷たちは、——肉体だけ逞(たくま)しい兵卒たちはクリストに荊(いばら)の冠(かんむり)をかむらせ、紫の袍(ほう)をまとはせた上、「ユダヤの王安かれ」と叫んだりした。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ことに雨のふる夜更(よふ)けなどに養家において来た二人の子供のことを憶(おも)い出すと、荊(いばら)で鞭打(むちう)たるるように心が痛み、気弱くも枕(まくら)に涙することもしばしばであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夜だから見えないが、昼間はよくわかる、あの、灌木や荊(いばら)がからみあって繁っている高い崖下へである。
父 (新字新仮名) / 金子ふみ子(著)
そして荊(いばら)の冠(かんむり)を戴いてゐるクリストの肖像を見上げた。「主よ。お助け下さい。主よ。お助け下さい。」
今の世界に居て人生誰か自国を愛せざる者あらんや。国のためとあれば荊(いばら)に坐し胆(たん)を嘗(な)むるも憚(はばか)らざるは人情の常なり。内行を慎むが如き、非常の辛苦にあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それは僕には分らない。僕は荊(いばら)を負うことを辞せない。平蜘蛛(ひらぐも)になってあやまる。どうぞ書いてくれ給え
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして出口の方へ行(ゆ)こうとして、ふと壁を見ると、今まで気が附かなかったが、あっさりした額縁に嵌(は)めたものが今一つ懸けてあった。それに荊(いばら)の輪飾(わかざり)がしてある。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
次に上帝驢(ろ)を招き、汝は苦労せにゃならぬ、すなわち、常に重荷を負い運び、不断笞(むち)うたれ叱られ、休息は些(ちと)の間で薊(あざみ)や荊(いばら)の粗食に安んずべく、寿命は五十歳と宣う。
「アリョーシャ」を創造したドストエフスキーは一生の荊(いばら)の道の後に於て遂に自らの魂に安息を与へ得た唯一の異例の作家であると考へたのだ。私も自分の聖者が描きたい。
街の悪童の漫罵(まんば)の中に、泥酔(でいすい)した父親を背負って帰る屈辱感が、ベートーヴェンの負けじ魂を一層頑(かたくな)なものにし、荊(いばら)の道を渋面作って踏み破る最初のスタートになったのであろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂、野村あらえびす(著)
最後に第四編(燃ゆる荊(いばら)、新らしき日)は、人生のさなかにおける大試錬であり、懐疑と暴虐な情熱の突風であり、魂の暴風雨であって、それはすべてを破壊しつくす恐れがあるが
そのあたりは松の木や荊(いばら)が生い茂っている。神尾主膳が本通りを甲府へ帰りついた時分に、大泉寺の鐘が九ツを打ちました。その時分にこの古城のところを机竜之助が歩いていました。
その旺(さかん)な情熱と肉体とは、女性との恋愛問題とぶつかって、死ぬか、生きるかの——肉体的にも精神的にも、まったく、荊(いばら)と暗黒のなかに立って、どう行くべきか、僧として、人間として
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われはさる説法のためにこゝに來しにはあらず。われは市長(ボデスタ)一家の使節なり。おん身の伺候を懈(おこた)ること三日なりしは、ロオザに聞きつ。何といふ亡状(ぶじやう)ぞや。疾(と)く往きて荊(いばら)を負ひて罪を謝せよ。
夜だから見えないが、昼間はよくわかる、あの、灌木(かんぼく)や荊(いばら)が搦(から)み合って繁っている高い崖下へである。
茅屋(ぼうおく)のほとりにある大きな枯れた叢(くさむら)は、長い年代のために消えてしまってる燃ゆる荊(いばら)であった。
掬(すく)ふやうにして手づから燻(いぶ)した落葉の中に二枚(ふたひら)ばかり荊(いばら)の葉の太(いた)く湿つたのがいぶり出した、胸のあたりへ煙が弱く、いつも勢(いきおい)よくは焚(た)かぬさうで冷(つめた)い灰を、舐(な)めるやうにして
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二、燃ゆる荊(いばら)。三、新らしき日。
後(うしろ)に立つた一本(ひともと)の榛(はん)の樹(き)に、荊(いばら)の実の赤き上に、犇々(ひしひし)と縛(いまし)められたのである。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「炉の中の荊(いばら)の葉が、かち/\と鳴つて燃えると、雨は上るわいなう。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)