燈影ほかげ)” の例文
新字:灯影
燈影ほかげの見えない二階家にかいやが立ちつづいていて、その下六尺ばかり、通路になった処に、「ぬけられます。」と横に書いたあかりが出してある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こうして三人を乗せたところの、燈影ほかげの暗い屋形船が、一ツ目橋のほうへそれようとした時に、一つの意外な珍事が起こった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右手の突っかけに一軒の百姓家があって、窓の隙間から一すじ燈影ほかげがもれている。この家にちがいない。彼は拳骨でその鎧戸をどんどん叩くと
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
高みから見る横浜関内かんないの、街々まちまちの灯ははなのようにちらめいて、海の方にも碇泊船ていはくせん燈影ほかげが星のようにあった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
涼子もそこへ来て、夜の燈影ほかげに映る二人の兄さん達の顔と旅に行く捨吉の顔とを見比べていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、幸いなことには、何処をながめても、燈影ほかげ一つ見えなかった。白い月の下、大竹藪に囲まれた山里の屋根は、世の騒乱そうらんも知らず、深々とみな眠り入っている気配だった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
障子には二処三処ふたとこみとこ穴がいて暗い燈影ほかげがそれにかかっていた。その障子に物の影が薄く朦朧もうろうと映っているように見えた。主翁は軽い悪寒おかんを感じながらおずおずした眼をそれに向けた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
より燈影ほかげの漏るゝ見ゆ、伯母はねずあるなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それのごと燈影ほかげるる。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
窓が一つだけ開いていて燈影ほかげが洩れている窓を通して内部を見ると沢山の人間が居るようだ、そして誰かが大きい声で演説をしているようすだった。
広東葱 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
河面かはづら対岸たいがんそらかゞや朝日あさひビールの広告くわうこくと、東武電車とうぶでんしや鉄橋てつけううへえず徃復わうふくする電車でんしや燈影ほかげてらされ、かしボートをわか男女だんぢよ姿すがたのみならず
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
やがて手探りでかんぬきをおろすと、少し安心して、衣嚢かくしから小さな懐中電燈を出して四辺あたりを照らしたが、闇を貫くその燈影ほかげは、胸の動悸に震えてちらちらした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
こう告げると、沢庵は、燈影ほかげから身を起して来て外へ顔を出した。丹左は言葉を続けて
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燈影ほかげなきしつに我あり
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
建込んだきたならしい家の屋根つづき、風雨あらしの来る前の重苦しい空に映る燈影ほかげを望みながら、お雪とわたくしとは真暗な二階の窓にって、互に汗ばむ手を取りながら
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
悲憤のあまり彼の鬢髪びんぱつはそそけ立って燈影ほかげにおののきふるえていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから窓が開いて、眠そうな百姓が燈影ほかげへぬっと顔を出した。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
東武電車の鉄橋の上を絶えず往復する電車の燈影ほかげに照され、貸ボートを漕ぐ若い男女の姿のみならず、流れて行くごみの中に西瓜すいかの皮や古下駄の浮いているのまでがよく見分けられる。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
新太郎は幾度も頭を下げて潜門くゞりもんを出た。外は庭と同じく眞暗であるが、人家の窓から漏れる燈影ほかげをたよりに歩いて行くと、來た時よりはわけもなく、すぐに京成電車の線路に行當つた。
羊羹 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
と見れば、同じ軒の下の右側の窓はこれまで閉めきってあったのが、今夜は明くなって、燈影ほかげの中に丸髷の顔が動いている。新しいかかえ——この土地では出方でかたさんとかいうものが来たのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水門すいもん忍返しのびがえしから老木おいきの松が水の上に枝をのばした庭構え、燈影ほかげしずかな料理屋の二階から芸者げいしゃの歌ううたが聞える。月が出る。倉庫の屋根のかげになって、片側は真暗まっくら河岸縁かしぶち新内しんないのながしが通る。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)