焦燥あせ)” の例文
私はそうした神秘的な……息苦しい気持を押え付けよう押え付けようと焦燥あせりつつ、なおも、解放治療場内の光景に眼を注いだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もう痛いところは何処どこにもなくなってしまいました。旦那、私が、何とかして痛いところを見つけ出そうと焦燥あせった時の心持を御察し下さい。
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
むしろそれにぶらがりながら、幸福を得ようと焦燥あせるのです。そうしてその矛盾も兄さんにはよくみ込めているのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なつやうやけると自然しぜんこゝろ焦燥あせらせて、霖雨りんうひくみづ滿たしめて、ほりにもしげつたくさぼつしてきしえしめる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
東京でもいろいろのことをやって味噌みそをつけて行った父親は、製糸事業で失敗してから、それを挽回ばんかいしようとして気を焦燥あせった結果、株でまた手痛くやられた
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やあ火の玉の親分か、訳がある、打捨つて置いて呉れ、と力を限り払ひ除けむともが焦燥あせるを、栄螺さゞえの如き拳固で鎮圧しづめ、ゑゝ、じたばたすれば拳殺はりころすぞ、馬鹿め。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一枚一枚丁寧に小判を出してやっていたが、そのうちに盗人の方が焦燥あせってきて早くしろといった。
この新しい権威である思想に向ってにわかに自己の生活を適応させるために照準の大転換を行おうとして焦燥あせる者と、この思想に反抗して時代遅れの専制的、階級的、官僚的
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
彼が居なければ、私の苦痛はないと同時に、此ほど彼に捕われて焦燥あせる未練さもない。
馬だけは幾ら焦燥あせつたところで、とても婆芸者が乗れさうにもないので、上西氏に取つてこんな恰好な乗物はなかつた。氏は馬のせない気持になつて、口笛を吹いたり、利子の勘定をしたりした。
お花さんは日記帳を取返そうとしてしきりに焦燥あせったが、富田さんは矮小ずんぐりだけれどお花さんよりはせいが高い。それに其度に渡すまいと丈伸をして手を高く揚げるから仕方がない。トウトウ読んで了った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ハッと思うと同時に、父の眼顔めがおに、私を見附けたという喜悦よろこびの表情の動くのを見ました。父は、口をいて、何かを叫び、両手を上へ揚げて、一心不乱に私の方へ突進して来ようと焦燥あせっている有様。
それから一年近くも過ぎ去った今朝けさに限って、こんなに訳もなく破ってしまったそのそもそもの発端の動機を思い出そうと焦燥あせったが、しかし
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
焦燥あせつてほりえようとしては野茨のばらとげ肌膚はだきずつけたり、どろ衣物きものよごしたりにが失敗しつぱいあぢめねばならぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうして依然としてできるようなまたできないような地位を、元ほど焦燥あせらない程度ながらも、まず自分のやるべき第一の義務として、根気にるいていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やあ火の玉の親分か、わけがある、打捨うっちゃっておいてくれ、と力を限り払いけんともが焦燥あせるを、栄螺さざえのごとき拳固げんこ鎮圧しずめ、ええ、じたばたすればり殺すぞ、馬鹿め。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自らじ、自らくるしみ、自ら出来るだけそれを脱しようとして焦燥あせるので明かである。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
養母の鶴勝はその悦びを共にすることを得ず、もはや鬼籍きせきにはいっていた。二人の心は一日も早くと焦燥あせりはしたが、席亭よせ組合の懇願もだしがたく、綾之助の引退は一ヶ年の後に延引のばされた。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そこで僕はおおいに考えたよ。大に焦燥あせったよ。
ある自殺者の手記 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その中を縦横無尽に、電光のように馳けめぐる…… インタロゲーションマーク ……を見た。そうしてその…… インタロゲーションマーク ……を頭の中で押え付けよう押え付けようと焦燥あせった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は私の手にただ一本のきりさえあればどこか一カ所突き破って見せるのだがと、焦燥あせいたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見する訳にも行かず
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっと以前の記憶を回復しよう回復しようと焦燥あせりながら、何一つ思い出せないでいる……というのが現在の貴方の精神意識の状態であると考えられます。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その癖、おそろしく焦燥あせってジリジリしている事はたしかだ。これぞと思う本があればポケットをからにしても構わないぐらい棄身すてみの決心をしている事だけはたしかである。
探偵小説の正体 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると焦燥あせりに焦燥っている菊池武時は憤然として馬上のまま弓に鏑矢かぶらやつがえた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)