烟突えんとつ)” の例文
太い、黒い烟突えんとつが二本空に、突立つきたっていた。その烟突は太くて赤錆が出ているばかりでなく、大分破れてあな処々ところどころにあいている。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その内側にぴったり寄り添って空気抜けの烟突えんとつがついていたが、この高さは、周囲の壁よりもずっと低く、五十センチぐらいしかなかった。
街の探偵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
瓦斯なるために薪炭まきすみの置場を要せず、烟突えんとつを要せず、鍋釜の底のすすに汚れるうれいもなく、急を要する時もマッチ一本にて自在の火力をべし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
われらの烟突えんとつが西洋の烟突の如く盛んなけむりをき、われらの汽車が西洋の汽車の如く広い鉄軌てっきを走り、われらの資本が公債となって西洋に流用せられ
そして、帆船のくせに、その船の真中には、細い烟突えんとつが一本ニューッと突出ているのです。風のない時には、蒸気機関ではしる、補助機関つきの帆船なのでしょう。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人口の多いにも係らずどこの家でも炭火のほかもやすものがないから従って烟突えんとつというものがないため、山岳中の女王とも称すべき富士の山は六十五マイル隔っているけれど
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
続いて多い、古道具屋は、ありきたりで。近頃古靴を売る事は……長靴は烟突えんとつのごとく、すぽんと突立つったち、半靴は叱られたていかしこまって、ごちゃごちゃと浮世の波にうおただよう風情がある。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕と、老博士は、ささやき合った。だが、難破船にしては、船体がガッチリしている。太い烟突えんとつから、黒煙を吐いてはいないが、まさか、面白おもしろ半分に海洋を流されているのでもあるまい。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
英国で少女が毎月朔日ついたち最初にものいうとて熟兎ラビットと高く呼べばその月中幸運をく、烟突えんとつの下から呼び上ぐれば効験最も著しくき贈品随って来るとか(一九〇九年発行『随筆問答雑誌ノーツ・エンド・キーリス』十輯十一巻)
町立病院ちやうりつびやうゐんにはうち牛蒡ごばう蕁草いらぐさ野麻のあさなどのむらがしげつてるあたりに、さゝやかなる別室べつしつの一むねがある。屋根やねのブリキいたびて、烟突えんとつなかばこはれ、玄關げんくわん階段かいだん紛堊しつくひがれて、ちて、雜草ざつさうさへのび/\と。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
にげた、にげた、烟突えんとつ素頂辺すてっぺんじてった。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
向河岸むこうがしの空高く突立っている蔵前の烟突えんとつを掠めて、星が三ツも四ツもつづけざまに流れては消えるのをぼんやり見上げながら、さしずめ今夜はこれからどこへ行こう。新橋はもう縁が切れている。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
このあたりこそ気勢けはいもせぬが、広場一ツ越して川端へ出れば、船の行交ゆきかい、人通り、烟突えんとつの煙、木場の景色、遠くは永代、新大橋、隅田川の模様なども、同一おんなじ時刻の同一頃が、親仁おやじの胸に描かれた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
坂を上って伝通院の横へ出ると、細く高い烟突えんとつが、寺と寺の間から、汚ないけむを、雲の多い空に吐いていた。代助はそれを見て、貧弱な工業が、生存せいそんために無理に呼吸いきを見苦しいものと思った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
町立病院ちょうりつびょういんにわうち牛蒡ごぼう蕁草いらぐさ野麻のあさなどのむらがしげってるあたりに、ささやかなる別室べっしつの一むねがある。屋根やねのブリキいたびて、烟突えんとつなかばこわれ、玄関げんかん階段かいだん紛堊しっくいがれて、ちて、雑草ざっそうさえのびのびと。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
眼の下にはさえぎるものもなく、今歩いて来た道と空地と新開の町とが低く見渡されるが、土手の向側は、トタンぶき陋屋ろうおくが秩序もなく、はてしもなく、ごたごたに建て込んだ間から湯屋の烟突えんとつ屹立きつりつして
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)