炉端ろばた)” の例文
旧字:爐端
猟はこういう時だと、夜更よふけに、のそのそと起きて、鉄砲しらべをして、炉端ろばた茶漬ちゃづけっ食らって、手製てづくりさるの皮の毛頭巾けずきんかぶった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勘太郎かんたろうはそうひとりごとを言って、それから土間どまの柱をよじ上って、ちょうど炉端ろばたがぐあいよく見えるあなのあいている天井の上に隠れた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
そして髭を剃るのをやめて、黙々もくもくと、炉端ろばたへ行って坐った。松代は怖々おずおずと、炉端へ寄って行った。そしてお互いにしばらくっと黙っていた。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お菊は自分を見るとすぐ横を向いて、自分の視線しせんをさけるようすであった。それでもあえて躊躇ちゅうちょするふうもなく、女房について炉端ろばたへあがって来た。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
北方の山奥に雪が降ると、毎日々々と同じ炉端ろばたに集まる人達が、よもやまの話をするそういう話題のひとつである。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
人が家にいるのは夜分か雨雪の日であり、家で明るい暖かい所は、炉端ろばたであったことを考えてみなければならぬ。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
炉端ろばたに一人の老人が坐り、長い金火箸かなひばしで炉の火のぐあいを直していた。年は七十ちかいだろうか、逞しい躯と、あごの張った長い顔に、一種の威厳が感じられた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その頃になると、いつも炉端ろばたに姿をみせる精米所の主人が、もうやって来て大きな体を湯に浸っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
与平はシャツを着て、着物をかたに羽織ると、炉端ろばたに上って安坐あぐらを組んで煙草たばこを吸った。人が変ったように千穂子が今朝けさもどって来てからと云うもの、むっつりしている。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
夕飯ゆうはんがすむと、ぼうさんは炉端ろばたすわって、たきにあたりながら、いろいろたびはなしをしますと、おばあさんはいちいちうなずいてきながら、せっせと糸車いとぐるままわしていました。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
私は炉端ろばたでウィスキーをみながらこの詩を低吟した。一杯のウィスキーには一杯だけのイリュージョンが展開する。長い間、孤独でくらしてゐると、自然にひとりごとをいふ癖がつくものである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
爺さんは怒鳴りながら煙管きせる炉端ろばたを叩いた。父親の春吉は、もう何も言わなかった。深く考え込むようにして煙草を吸った。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
むかしこの猿ヶ馬場には、渾名あだな熊坂くまさかと言った大猿があって、通行の旅人を追剥おいはがし、石動いするぎの里へ出て、刀のつば小豆餅あずきもちを買ったとある、と雪の炉端ろばたで話がつもる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この婦負郡のエレンナカに近く、西礪波にしとなみ郡にはエレンバタ、エレバタ、またはエレブツ・エレボツなどの語があって、是らはともに炉端ろばたのことを意味する。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
秋風が吹いて、収穫とりいれが済むころには、よく夫婦の祭文語さいもんかたりが入り込んで来た。薄汚うすぎたない祭文語りは炉端ろばたへ呼び入れられて、鈴木主水もんど刈萱かるかや道心のようなものを語った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さらによく見るとその炉端ろばたには、鳥の羽根や、けものの毛や、人間のほねらしいものが散らばっていた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
いつも来てる近所の者もいず、子供達もいなくて、ただ新兵衛夫婦ばかり、つくねんと炉端ろばたにすわっていた。女房は自分が上がりはなに立ったのを目で迎えて、意味ありげに笑った。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
さておばあさんが出て行ってしまうと、ぼうさんはただ一人ひとり、しばらくはつくねんと炉端ろばたすわったままおばあさんのかえりをっていましたが、じきかえるとおもったおばあさんはなかなかかえってません。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
同時にまた、東北地方の農家の炉端ろばたを歌ってよくその地方色を出している詩として、佐伯郁郎君の『故里の爐辺を想ふ』をも見逃すことは出来ない。
すると父親は煙管きせるを筒にしまって腰へさすと、ぷいと炉端ろばたを立って向うの本家へはずしてしまう。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
りてて、ちやんとまをさぬかい、なんぢや、不作法ぶさはふな。』と亭主ていしゆ炉端ろばたから上睨うはにらみをる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お島は時々炉端ろばたで差向いになることのある、浜屋の若い主人のことなどを思っていた。T——市から来ていた、その主人の嫁が、肺病のために長いあいだ生家さとへ帰されていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
祖父は炉端ろばたで、向こうずね真赤まっかにして榾火ほだびをつつきながら、何かしきりに、夜かし勝ちな菊枝のことをぶつぶつ言ったり、自分達の若かった時代の青年男女のことをつぶやいていた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
炉端ろばたに額をあつめて、飽々する時間を消しかねるような怠屈な日が多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
万は炉端ろばたへ行って出掛ける前の煙草たばこを、せわしく吸いながら言うのだった。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)