濡手拭ぬれてぬぐい)” の例文
帯なし、掻取かいどり気味につまを合せて、胸で引抱えた手に、濡手拭ぬれてぬぐいを提げていた。二間を仕切った敷居際に来て、また莞爾にっこりすると、……
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう言って帰りかけたが、父は額に濡手拭ぬれてぬぐいを当てそべっており、母はくどくどと近所のうわさをしはじめ、またしばらく腰を卸していた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あなたのへやから見た景色はいつ見ても好いね」と自分で窓の障子を開けながら、手摺付てすりつきの縁板の上へ濡手拭ぬれてぬぐいを置いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
濡手拭ぬれてぬぐいを持っているところを見ると、町内の銭湯へ行った帰り、夜遊びに出た愚かなせがれと一緒になったのでしょう。
濡手拭ぬれてぬぐいを頭にのせたまゝ、四体は水のるゝまゝに下駄をはいて、今母の胎内を出た様に真裸で、天上天下唯我独尊と云う様な大踏歩だいとうほして庭を歩いて帰る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
辰弥は浴室にと宿の浴衣ゆかた着更きかえ、広き母屋おもやの廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻うずま濡手拭ぬれてぬぐいに、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
真白まっしろりつぶされたそれらのかたちが、もなく濡手拭ぬれてぬぐいで、おもむろにふききよめられると、やがてくちびるには真紅しんくのべにがさされて、菊之丞きくのじょうかおいまにもものをいうかとあやしまれるまでに
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
本日ゆず湯というビラを見ながら、わたしは急に春に近づいたような気分になって、いつもの湯屋の格子をくぐると、出あいがしらに建具屋のおじいさんが濡手拭ぬれてぬぐいひたいをふきながら出て来た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
濡手拭ぬれてぬぐいを、顔に当てながら答えた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕方がないから、今朝あげた蒲団ふとんをまた出して来て、座敷へ延べたまま横になった。それでもえられないので、清に濡手拭ぬれてぬぐいしぼらして頭へ乗せた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな問答をしている時、もうかげりかけた日蔭を拾うように、濡手拭ぬれてぬぐいをさげて、兄の清次郎が帰って来ました。
時に履物の音高くうち入来いりくるものあるにぞ、お貞は少しあわただしく、急に其方そなたを見向ける時、表の戸をがたりとあけて、濡手拭ぬれてぬぐいをぶら提げつつ、と入りたる少年あり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少し吐いたとみえて、うが茶碗ぢゃわん濡手拭ぬれてぬぐいが丸盆の上にあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
帯もめずに、浴衣ゆかたを羽織るようにひっかけたままずっと欄干らんかんの所まで行ってそこへ濡手拭ぬれてぬぐいを懸けた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふたと別々になって、うつむけにひっくりかえって、濡手拭ぬれてぬぐいおけの中、湯は沢山にはなかったと思われ、乾き切って霜のようなながしが、網を投げた形にびっしょりであった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでも座敷へれて戻った時、父はもう大丈夫だといった。念のために枕元まくらもとすわって、濡手拭ぬれてぬぐいで父の頭をひやしていた私は、九時ごろになってようやくかたばかりの夜食を済ました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
めし平生着ふだんぎに桃色のまきつけ帯、衣紋えもんゆるやかにぞろりとして、中ぐりの駒下駄、高いのでせいもすらりと見え、洗髪あらいがみで、濡手拭ぬれてぬぐい紅絹もみ糠袋ぬかぶくろを口にくわえて、びんの毛を掻上かきあげながら、滝の湯とある
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし濡手拭ぬれてぬぐいをぶら下げて、風呂場の階子段はしごだんあがって、そこにある洗面所と姿見すがたみの前を通り越して、廊下を一曲り曲ったと思ったら、はたしてどこへ帰っていいのか解らなくなった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寝惚ねぼけたように云うとひとしく、これも嫁入を恍惚うっとりながめて、あたかもその前に立合わせた、つい居廻りで湯帰りらしい、島田の乱れた、濡手拭ぬれてぬぐいを下げたしんぞすそへ、やにわに一束の線香を押着おッつけたのは
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口へてのひらを当てがっても、呼息いきの通う音はしなかった。母は呼吸こきゅうつまったような苦しい声を出して、下女に濡手拭ぬれてぬぐいを持って来さした。それを宵子の額にせた時、「みゃくはあって」と千代子に聞いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)